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武道カラテ稽古日記

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再考…少年部の試合形式

 練成会も終わり、他の大会も目白押しの昨今…考える事が…。
とある雑誌でさまざまな流派の先生方が、少年部の試合においての審判規定を公平なものにしようと組織立てて活動されている旨のことを見かけました。

 そのこと自体には異存もなく、試合に臨む子供達に公平な審判を下す事、ルールを制定する事は大切な事であり、流派の垣根を越えた諸先生方の意識の高さは大いに賞賛されるべきものと思います。
ただ私は、現在の少年部のフルコンタクト大会そのものに疑問を感じている一人です。
 何故なら、極真に代表される「直接打撃制」とは、あくまでも相手を「倒す」ことを原則とした「実戦」であり、その成り立ちは一般部を想定したもの。当時の過激な道場稽古(組手)を競技化したものであっても、少年部のそれを想定したモノではなかった。
 それを防具を付け「安全性」を考慮し云々という事を聞くにつれ、そして、少年部の試合・大会にあっては「殴り合い・蹴り合い」をある時は泣きながら、ある時は雄叫びを上げながら遮二無二相手を追いつめ倒そうとしている姿に…私は、ある種の「矛盾」を感じずにはいられない。

防具とは、当然、相手若しくは自分を怪我から守るものである。
なのに「それ」を付けて全力で相手を倒しにいく少年部の試合とは
どういうことなのだろう。
 防具を外して戦え等と無謀なことは言わないにしても、現状の試合形式において、いくらルールや審判規定を設けても、その大きな矛盾を抱えたままで良いのだろうか。
試合に出る事、やる事は否定しない。
特に少年部にとって、それは成長に至る大きな糧を得る一つの経験・体験であることは事実である。であるなら、尚の事現状の試合形式を行う大人達が、もっと考慮すべきである。
 
 子供の成長のために「補強:拳立て、スクワット等」は過度にやらせない先生方がいる。なのに全力で戦う試合を推奨する。本当に正しい成長を願うなら稽古全般において心身の適切な「補強」はあってしかるべきである。まだ骨も定かでない子供達に殴り合い蹴り合いをさせておいて何が「安全性を考慮し成長のため」!?か。
私には、子供をダシに道場の宣伝をしているとしか思えない。

確かに人とは「強い」ものである。
真剣に殴り合っている時、大怪我はしないものでもある。
が、それは、大人の話しである。刹那に気を巡らさねば、やられてしまう実戦の場において気を抜く事は「命取り」である。
しかし、子供達の中には、ふと気を抜く、抜けてしまう子が確かにいる。それを稽古によって正していく事は大切な事であり、真に子供の成長にとって必要な一つでもある。
しかし、一朝一夕に身に付くモノではない。
段階を踏み、正しい稽古を積み重ね修得していくべきものであることを忘れてはならない。

手前味噌になるが、私達の団体の若い指導員達は皆少年部からの者達が殆どである。
そして、それこそ少年部から「理」と「智」「徳」を学び、多くの経験を積み、成長し不安定な中等部を経て、やっと高等部になって真の「実戦」をこなすに至る…結果、全員、真の「強さ」を持つに至っている。人として社会に有用足る「人」を育む事こそ道場の本懐であると私は、いつも考えている。
そこに集う子供達の真に健全な心身の育成を思うならば、教える立場にある大人達が、多くの事を熟考しなくてはならない。
日々の稽古一つにしても、試合一つにしても…子供を預かるとは生半可な事では勤まらないと自戒しなくてはならないのでは…。
その意味でも、今回の練成会は、一つの成果が出たと考えているが…さて、それをどう展開していくかが今後の課題でもある。

 勝敗に一喜一憂するのは、いい。
しかし、忘れてはならない事が多くあることを肝に命じなくては…
by katsumi-okuda | 2007-10-02 02:35 | 評論