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武道カラテ稽古日記

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…父が他界いたしました。

 平成25年8月14日AM6:19
柏市聖光が丘病院にて父照夫享年94逝去しました。

一昨年より体調を崩しがちとなり、加療入退院を繰り返していました。
二三日前は、体調も良く世話をしていてくれていた義姉達とも普通に歓談していたそうです。
「ここのリハビリは、時間が少ない。もう少しやらないと」などと言っていたようです。
何か…流石、私の父と言うか何と言うか…。微笑ましくも誇らしい気がしてなりません。

 今年に入ってからある程度、覚悟はしておりました。
年も年ですし、何かがあれば一気に衰えてしまうだろうと…。
ですから、早朝の電話に跳ね起きた時、その時を自覚しました。

真新しい病院、そして夏の早朝のせいなのか、親爺のいる個室は、窓から明るい朝の日差しと清廉な空気が満ちていた気がいたしました。
誰とはなく「御盆だから(先に逝った)おばあちゃんとお兄さんが迎えにきたのかも…」
ふと、本当にそう思いました。
暫く辛い加療に頑張っていたのだから、もういいよと言いにきたのかも…。

長兄は現在、仏門におりますので、葬儀等に関して淡々と話を進めてくれましたので私は、何もすることもなく、ただ漫然と父の寝ている顔を見ておりました。
苦しまず安らかに息を引き取ったとのこと。
それだけが、家族としては幸いでしたが、最後に少し言葉を交わしたかったと思いました。

父は、今で言う大手ゼネコンに勤めており長年私たち家族と離れて暮らしておりました。
退職したとき、試しに計ってみると家族と一緒にいた時間は二十年でたったの一年と少しだったことに驚いた記憶が、あります。
記憶の中での父は、いつも生真面目に仕事をこなし、家に帰ってきた次の日の朝、和やかに酒を飲んでいた姿…一度たりとも私たちに手を上げることもなく、ただ切々と責を説く姿が…。
晩年になってからも、勉強を忘れることなく確か七十路をこしてからも何かしらの資格をとっていた勤勉家。そして、戦前から「洒落者」で大層「もてた」そうです。

 若い頃は、それほど感じていなかったのですが…
今、私の歩き方、そして指の形が父に似ているようです。
正直、若い頃似ていると言われることが、少し疎まれてしかたなかった。
ですが、今、それは私の誇りでもあります。
この血脈の良し悪は、結局私が、これからどう生きていくかなのだと、なんとなく思っています。

「この歳になると先方も、いろいろ大変だろうから…」
と生前の父の言いつけにより家族葬でとりおこなうこととなりました。
ですから、団体、道場関係者等の皆様のご弔問等に関しては、御気持ちだけお受けしたいと思っております。突然のことで各方面にご迷惑をお掛けしてますこと、ここにお詫びもう上げ、また改めて御礼させて頂きます。

 早朝、長谷川最高師範初め門馬師範、鈴木先生そして姫路大会でお世話になる予定でした米山先生にご連絡申し上げました。
皆様から暖かいお言葉をかけて頂きましたこと何より心の支えでした。
皆様のお言葉を聞いていると何故か胸迫るものがあります。
本当に有り難いことです。

 そして、道場生各位、ご父兄の皆様、ご迷惑をお掛け致しますが、何卒宜しくお願い致します。
来週からは又、いつものように過ごして参りたいと思っております。

今暫く、父と過ごした年月のことを思いめぐらしたいと思っております。
そして、父の残してくれた「行い」とその「思い」を私なりに紡いでいけるよう。
今一度、来し方を振り返り、次を真っ直ぐに向きたい。
…やはり、父のように…でも、父と同じようには到底出来もしない。
それらを自身の良き戒めとし、そして矜持として…

 流石にこの年です。
人前で涙を流すことも憚られ、出来ないようにもなっているらしい。
でも、ふと何かの拍子で…
やはり…どんな歳になっても「親」は「親」であり「子は子」でしかない。
人の親となり、人に道を説く年になり、親を亡くし改めてそのことを考える。
それこそが、人の弱さであり、改められる人の強さなのかもしれない。


いつまでも学ぶことを忘れるな。

あきらめるなあきらめなければ負けではない。

どんなことでも専心して臨め。

その姿から私には、そう聞こえてならない。
適わないまでも、これからまた父に追いつこうと思う。
by katsumi-okuda | 2013-08-14 22:16