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武道カラテ稽古日記

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出会い…NY編5

 こちらに居着き、そう長くもないのに幾たびかの「闘争」。
その度に必ず嫌な思いをする。
それなのに「慣れ」というのは、怖いもの。
何度目かの「闘争」のときからか、何も感じなくなってしまった。
…それが、自身に何をもたらすか、どんな災いと出会いを差し出しているかも…。

 そういえば、ここしばらく「彼ら」を見ていない。
しかし、ここではよくあることだ。
一定期間のレッスンを終えると次のレッスンに行ってしまう。
それが、こちらのシステムなのだそうだ。
今ほど武道に精神性を求めたり、本気で選手になろうという機運はまだなかったせいもあろう。

しかし、少し彼の事が気になった。
そして、本気で「もったいないな。もう少しやれば…」などと漫然と考えていた。
そんなことを考えていた週末、私は「彼」と遇ったのである。

 私たちは、ミッドタウン側から「公園」に入りセントラルドライブを進み、横目に回転木馬を垣間みながら、シープメドウと名付けられた大きな広場を横切っていった。
初夏の日差しと温かさに誘われて多くの人たちが、そこここに憩いを求め集っていた。
家族と遊ぶ人たち、恋人と片寄せ合い語らう若者たち、歩道を思い思いの早さで走り抜けていくジョガーやローラースケートの子供たちの嬌声が、長く凍てついた時を払拭するように華やいでいた。
昼近くになり温かさをまし、木々の新緑の合間からゆれるその日差しが、歩道に降り注いでいる。
…それなのに…となりの彼のふと見せる横顔は、冬の暗く沈んだ川面の色をなしていた。

 二人して、たどたどしい英語と日本語でなんのことはない会話が続いていた。
彼の父親やその「仕事」について私も、詮索するつもりもなかった。
というより、聞いても仕方がない。
私と彼は、ただの「通りすがり」にすぎない。
そして、単純に深く入り込み、関わりたくは、なかった。
だから、あえてその話題はさけた。
そして、それを察してか、彼もそれ以上の事は話そうとはしなかった。

ただ、これからの将来の事、希望について話題が、上るとき、どうしても彼の「家」のことに
触れなければならなかった。
そんなとき、決まって彼は、ふと暗い眼差しになってしまった。
悪いと思ったが、それを避けては、話しは進まない。

大きな池(あとで知ったが、ここは貯水池であった。後に1994年亡くなったジャクリーン・ケネディ・オナシス・レザボアの名が冠されたのを知ったのは、幾度目かの渡米の時であった)に出た。
メット(メトロポリタン美術館)を右手に見て、イーストドライブを少し過ぎた池のほとりの芝に腰を下ろした。

どうやら彼は、この先の自分の将来に不満をもっているようだった。
話さなくとも、それぐらいは察しがつく。
自分の希望と「家」のそれが、大きく違う。
だが、「大きな父親」に逆らう事が出来ないでいる。
…わからないでもないが、「通りすがりの私」にすれば、どうすることも出来やしない。
ただ話しを聞いてやるぐらいしか出来ない。

「今度、家に食事に来て下さい。」
「…えっ…自分がか…」
「そうです。今度、内輪のパーティーがあります。いろんな人も来ます。だから大丈夫です。」
何が大丈夫なのかわからないが、彼の瞳が子供のように懇願している。
…断れなかった。
何故か、こういうのに私は、弱い。

結局、来週の金曜夜、レッスンが終わった頃に迎えに行く事を告げられた。
どうなるのか見当もつかない。
はっきりと困惑した表情の私であったに違いない。
そして、それを見ている彼は…何故か嬉しそうだった。

池の水面に幾つものさざ波がたつ。
水鳥たちが、飛び立ったようだ。
すっかり冷えてしまったドーナッツを二人して頬張り、たわいもない会話は、
その後、小一時間も続いてしまった。

 次の週に入ってからのレッスンは、それはそれは身が入らなかった。
いったい、どんなパーティーだ…何をどうすれば、いいんだ。
こんなに迷うのなら本当に断れば良かった。

それは、すっかり、その一週間私の頭の中を占領しきっていた。
…そして、とうとう約束の金曜日の夜が来てしまった。
by katsumi-okuda | 2011-06-11 01:46 | 読物・語り部