武道カラテ稽古日記

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どんな組手を思考していくか

 こんな状態だからこそ「思考・熟考」しなければならない。
まだまだ「寒さ」厳しい時節です。
特に寒さの厳しい各地の皆様、体調に留意し日々の生活そして稽古に励んで下さるよう祈念したい。

 よくみられる光景…
「道場での組手と試合の組手が、違いすぎる。どうして同じように出来ないのかなぁ」
「いつも同じような組手をしている。悪いことではないのだが…」
「いつもと同じように変幻自在な組手が、絶えず発露出来れば最強、最良ではないか…」

 試合を裁くことが多いため、普通の人たちよりより近い所で選手たちの息吹や動きを感じることが出来ます。その都度、多くの選手たちから、そんなことを感じてなりません。
そして、よりよい自身に合った組手とはを思考することとなります。

若い頃は、その体力と熱情をもって果敢に攻め立てる「剛の組手」と稽古を信条としなければなりません。そのとき理に走り過ぎては、伸びるモノも伸びない事例を沢山見ています。
二十代そして三十代には、それなりの思考したカラテ、組手を行うことを旨としなければならない。

そして、四十代以上になった今、相手に「適わないと感じさせる組手」「心意の組手」を行えるよう稽古、鍛錬に挑まなければならない。
ただ、そのためにも今の自身に甘受することなく適切な鍛錬を怠ってはならない。
相手を真正面から受け止めるだけの心身を持って、初めて成すことの出来る一法と考えている。

体力的に若く強いモノたちに適うとは、物理的に無理があろう。
ならば、それに抗うこと無く、それを受け流す心意の操作をせねばならない。
相手の心意に応じ、その場その状況で組手を変化させていくこと。
それによって相手の心身そのものを操作すること。

そのために日々の稽古がある。
どんな相手、状況であっても、平生を崩さず冷徹な心をもって、相手のみならず自身も操作する「心」そして「意」を鍛え上げ続けることを第一とする。
言う程簡単なものではない。
それこそ試行錯誤の連綿…あくまでも、私の目指しているのは「競技カラテとして通用すること」であり、そうでなくてはならないと思っている。
今ある体力と技量を最大限に使い切ること。
そして、それらを操作出来る心を研ぎすまし、感応すること。

それらを希求しなければ、長い継続した稽古、鍛錬は行えるものではない。
何事も、自身の目標を定め、それに沿う努力と評価を自身に問うことが、肝要。
by katsumi-okuda | 2011-02-10 00:23 | 稽古日誌