武道カラテ稽古日記

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学ぶということ…

 …寒いのにも、ほどがある。
明日には少し戻りそうだということですが…皆さん、本当に体調を崩さぬようお過ごし下さい。
何やら颱風も、やってきているそうで…。
週末、どうやら私たちは颱風を伴って北へ向かうことになりそうです。

 私の仕事は、勉強を教えることが主体です。
小学生から大学受験生まで、その時々ですが、あることに思い当たることがあります。
 それは「学ぶ」ということです。
日本人は、どうやら伝統的に教えられる時「黙して師の話しを真摯に聞く」という姿勢をとるようです。
人の話し、特に教えられているときは黙ってじっとして聞かなければならないと幼い時から教えられてきたように感じます。それが良いか悪いかではないのですが、学び方とは、やはり人それぞれのように感じます。

 ただ、人の話しを集中して聞くというのも、よく考えてみると難しいもののように思います。
まして、それをすぐに理解し応用が、出来るというのは、やはり相当個人差があるようです。
ですから、大勢を前にして講義する時は、それなりに気を使うこととなります。
「この話し方で、どれだけ理解してくれるだろうか」いつも、講義の最中、気に病むこともしばしば…

特に人の話しから「学ぶ」ということは、物事の基本だとも言われています。
確かに経験や書籍から学ぶことも、少なくないと思います。
ですが、人と接しその話しの端々から、いろいろなニュアンスや感性を感じ取れるその時々は、やはり貴重だと思っています。
学んだことをそのままにしては、いけません。
せっかく学んだことが、身に付くまで反復し応用の域まで達するよう心がけること。
しかし、この当然のことが中々、モノによって出来ないこともあるのもまた事実ですね。
特に苦手なモノなどは、いくつになってもそうです。

私も学生(中、高校)の頃、完全な「文系の頭」でしたから、理系は相当苦労しました。
しかし、今は「仕事」ということもあるのですが、かえって理系の勉強の方が好きです。
年と共に変わったのか、点数や期限に追われない気楽な今だからこそ、そんなことが言えるのか…。
ともかく、やはり、どんなことでも興味をもって物事に臨むことが第一だと思っています。

よく子供たちに言います。
「出来ると出来ないは、対の言葉。好きと嫌いも対の言葉。なのに、例えば数学が、出来ないから嫌いというのは、よく考えると可笑しくないかな。出来ないなら出来るようにするだけ。余計な感情をそこに挟むからややこしくなる。出来ない原因を探し試行錯誤すること。厳しい言い方だけど、出来ないことを悔やむより、やらない自分を恥じるようでなければ何事も成長はしないもの。」

どんなことでも「学ぶ」ことは、多いモノです。
この歳になっても、まだ々「学ぶことだらけ」です。
そして、それを新たに見つけられたことに何か嬉しく感ずることが出来れば、シメタものと思うように心がけています。この歳になると、せっかく覚えたことも、すぐに忘れてしまう今日日です。
ですから、余計「学ぶ」ことの大事さと大変さを痛感しています。
by katsumi-okuda | 2010-10-29 00:42 | 稽古日誌