武道カラテ稽古日記

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いきなり…木枯らし

 天気というのは、どうやら「いきなり」というのが定番のようで…。
昨日、そして今日「寒さ」が…到来のようです。
この身には、急な温度変化は、頂けません。
まして、周りの子供たちが「風邪」をもってきます…容赦なく(^^)
お陰で(!?)カゼ気味ですが、何とか「気合い」で持ちこたえています。
週末、合宿ですので、ひいてる暇がありません。
…持ちこたえられたら、いいのですが…頑張ってみます。

 ふと思い立ち、いろいろな「型」をやってみました。
というか「平安の型で流派、会派別にいくつ自分で出来るかな」と思ったのです。
結果、伝統派も含めて五、六種出来ました。
無論、手順だけですから、それが出来たからどうということもありません。
しかし、出来ないより出来た方が良いと思っています。
特に「この年」「この立場」なればこそ…。

 組手は、試合、特にトーナメントであれば相手は、当然毎回違います。
それと同じように考えていくのであれば、型の基準が少々違えても勝ち抜かなければならないのではないか、そして、指導の立場であれば、どのような型であれ形であれ、取りあえず「形」として出来なければ、解釈出来なければならないと考えています。

 長年やっているから…クセが抜けなくて…などと特に年長者によく聞く言葉(言い訳)です。
新しい事柄が、頭にそして身体に入り難くなっている年長者である私たちは、特に意識し頭と心を柔軟にして物事に取り組まなくてはならないと感じております。
何事も、自分に限界を決めつけたり、頑な頭、心になることは避けなくてはなりません。

今回のように新しい試みを行う「技術交流」においては尚更です。
私も、一道場生になったつもりで、またいろいろなことを学びたいと楽しみにしています。
いくら身体が固くとも、頭や心まで固くすることは、してはなりますまい。

たえず新しいことに目を向け、次によくなることよくすることを考え実践していくこと。
それこそが、年長者の務めの一つだと思っています。
人の意見を聞き入れなくなったら終いです。
どんなことでも、人の言葉を受け入れ精査し、且つ自身のモノに変換していくこと。
それなくして自身の次はないと思っています。

そして、まずそのためにも、自身の形をつくるためにも「量と質の稽古」は肝要。
確かに新しい事や人の意見は、なかなかに頭の中に入りづらい事です。
しかし、それを自身のモノに出来ればまた、新しい自身が垣間みれるというものです。
それを楽しみに私は、毎回稽古に臨んでいるのかもしれません。
…ひょっとしたら、長年この稽古を続けている理由の一つは、そんなところかもしれませんね。

P S 久しぶりに「こんな早い」時間に…
  たまぁに、時間が空いてしまいますが…
  それでも、そろそろ時間のようです…。
by katsumi-okuda | 2010-10-27 09:01 | 稽古日誌