武道カラテ稽古日記

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何故「基本」と「組手」に相違が…

 月末に行われる「技術交流会」に向けて、再度取りまとめておくことと致します。

一「何故、基本と組手の姿、形がこうも違うのか?」
二「競技の為に基本は、行うべきなのか?そのためには、どうすれば…」

現在の競技を見れば、何も私たち極真だけではなく伝統派、そして柔剣道に至までその命題はついて回ります。

 端的に一の命題について言えば「それぞれの成り立ちが違う」という事です。
現在、行われている「基本」と言われるものは、その昔空手普及の為に先人が、型より抜粋、創作したものが大部分です。基本から型ではなく、あくまで「型ありき」なのです。
型を一般の人たちに広めよう教えていこうとしたとき、それは少なくとも難解で覚えづらいものでありました。そのために分かり易く覚え易い部分、そして大切な部分を抜粋し、やらせていた経緯があります。初めは、型の一部分ですから、いくつかの動作から成る「移動」でした。
しかし、指導する過程で「その場で行える」「基本」を考案するに至りました。
多分に、それは国内に普及する際、柔道特に剣道の基本、稽古方法が参照された跡が見て取れます。
 つまり、現在の「基本」と言われる多くのものは「型の修得の手始め」として考案されたものであり、伝統派では、そのためか基本そのものに多くの時間を割いていないのも頷けます。

 しかし、それでも「基本はすべての源」という言葉をカラテのみならず全ての武道で聞きます。
これは、何を意味しているのでしょうか。
それは、その基本動作に上達のための要諦が、含まれることを示唆しているものと思われます。
幕末の頃、剣術の世界で型のみで達人と称された者が、多くいた。
そして現代に至り、先人の多くにもそれを体現した人たちがいたことを私たちは知っています。
晩年、総裁が「基本が大事」と常に檄を飛ばされていた事も、それと無関係ではありません。
しかし、その重要性を構築される前に…。
残された私たちは、その重要性と真の武道を希求し体現する為にも「基本」の何たるかを日々の稽古で思考していかなければなりません。
そして、その道程は、容易なものではないことも承知せねばなりません。

 つまり、型のように動き組手としていた時代であれば、基本の有り様も大事さも、今より分かり易いものだったと解釈もされます。
しかし、競技化が進み、現代人としての身体的な進化、社会的な武術の必要性とあり方など変遷していくにつれ、その基本の持つ意味合いが、希薄または希釈されたことを忘れてはならない。
特に安全性と競技性に秀でた「極真スタイル」の組手は、進化を続けている。
ならば、そこに今一度「基本」の新しい意味合いを構築する時期に私は、きているものと考えてる。

先人のいや先輩たちの多くは「量の稽古」を敢行し、その中から無意識に「その道」を見いだそうと試みていた。私も、若い頃ただ闇雲に只々「量の稽古」に腐心した。それこそ、何かに取り付かれたかのように…。確かに気が遠くなるほど基本をやり通した数日は、自身の手足が無意識に「走る」感覚を確かな手応えとして感じていた。それが、どうしてそうなるのかまでは考えもしなかったが、確かに基本の大事さを身をもって知った一時であったことには違いはなかった。

 型の修得の為に存在した「基本」を武道の要である「秘伝」にまで昇華させられるとしたら、また、現代の競技にまで活かせるものにしていけること…。
これが、私たち残された者の大きな々「宿題」であると思っている。
また、どこの「極真」もそれを為し得ていないのであれば、率先し私たちが行うべきだと考えている。
そのために絶えず「思考」した稽古と反復が、この身に必要な事は言うまでもない。


一時期、試合前の選手の多くが、自発的に「三戦」の型をやっている光景を目にしていた。
「これをやっておくと感覚的にですが、腰が落ち着いて、突きも蹴りも安定し出し易いと思います。」
全員が全員口を揃えて言っていたことを覚えています。当時、教えていた私も多分に感覚的にそう感じていたことを伝えていたのですが、それが、今の命題の大きな解釈の一つの工程になっているのです。
又、通常の稽古で「基本」をよくこなしている者ほど、試合でも「よい技」を出していることに気づきます。確かに身体能力に優れた者は、その限りでない者もいるのでしょうが、それでも、そんな者たちこそ、その、つまり「基本」の重要性に気づいているのです。

 基本とは当然、その場に立ち止まった姿勢で行われるものです。
組手は、猛然と動きながら打突を繰り広げている…しかし、その刹那は「立ち止まっている」ということを忘れてはならない。そこに実は「基本」を行う必然性と重要性が秘められている。
次回は、いかに競技に活かせるか、活かす為にどう意識していくかを述べたいと思います。
by katsumi-okuda | 2010-10-24 21:40 | 評論