武道カラテ稽古日記

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そして「前へ」…

 今日の稽古終わりに師範代との会話…
「やはり、どうやら四十肩みたいです。」と師範代。
「やっぱりそうですか…ここの肩甲骨をこう動かして…」暫く私の経験から得た治療法を伝授!?
「いやですねぇ。何か爺むさい感じがして」師範代と共に苦笑いです。
考えてみれば当然の年の二人です。
決して若くはありません。でも、考えもしなかった二人の光景です。
カレコレ、三十余年の付き合いです…。
いつも変わらず稽古していると、そんな時の流れ等忘れているのですが…何か物思いに耽ります。

 突然ですが、私の仕事着の一つが「道着」です。
全部で七、八着余ありますが、時節柄、新しい道着が二着増えます。
真新しい道着も、良いのですが旧くなってボロボロになった道着も、それなりに愛着や味があり、なかなか捨てられずにいます。道着は「生成り」と「白地」の二着ですが、年長の者は「やはり、生成りがいいです」とのことですが、私は、その時々で使い方を変えています。
ただの気分でですが、やはり、演武などでは、格好も大事ですから…。

 そんな真新しい道着に手を通すとき何か、気分も一つ新たになるものです。
先週来の頸椎周辺の筋肉痛から予定されたかのような偏頭痛に苛まれていますが、それも日常と思い定め、出来る所から歩を進めています。

私たちの試合の掛け声に「前へ」という言葉(怒声!?)が、あります。
そして、その言葉は私の金言であり励み、務めであります。
何事でも、そうであるように「止まってしまっては退いているのと同じ。どんなことでも、どんな形にせよ前へいくことが肝要。その歩みが、例え微小であっても、仮に考える事しか出来なかったとしても、「前へ」向かう事。」

一般の道場生の多くは社会人そして学生の皆さんです。
こんな時代ですから、何かと多忙を極めていることと察しられます。
ですから、余計にこのことを思い定めて欲しいと思っております。
何かに挫けそうになるとき、それでも容赦なく時は、来し方に過ぎていくものです。
なれば、そのほんの少しの歩みも、止めないで頂きたい。

訳あって道場から足の遠のいている方も、多くいらっしゃいます。
物事が、上手くいかず悶々とした日々を過ごされている方も、おられることと思います。
是非、そんなとき、思い起こして頂きたい。そして、又出来る事なら道場に足を運んでもらいたいと切に思っております。折角、積み上げた技量は、朽ちるものではありません。
朽ちるのは、自身の理屈です。

私たち道場の世界は「非日常」です。
ですから、余計に世事を一時忘れる「里」とも、なれると自負しております。
確かに辛く厳しい世界であることは否定しません。
ただ、だからこそ日常に耐えうる「感性」を養える「場」とも足り得るのです。

下や横を向いても、何も生まれません。
まずは、どんな一歩にせよ「前へ」進む事を忘れてはなりません。
そして、それこそが「人として成る」貴重で得難い手立ての一つであることを忘れないでもらいたい。

試合で、どんなに叩かれ蹴られても愚直に前へ出る選手たち…その姿勢は何も試合に限らない事を知ってもらいたい。
その姿勢こそが、その胆力こそが、君を育てている事を忘れないでもらいたい。
そして、私たち指導者も又、一歩先に行けるだけの選手たちに負けぬだけの稽古を積まなければならないと思っています。そうでなければ、どの面さげて人の上に立てましょうや…。
by katsumi-okuda | 2010-10-20 01:06 | 稽古日誌