武道カラテ稽古日記

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学ぶこと…

学ぶこと…

夏の休み…少し時間が空く為、ふだん読みきれない資料、本の類に埋もれながら「学ぶ」
いや「学びなおす」ことに時間を費やせた。

元々、私の専門は社会(特に歴史)なのだが、今の時代家に居ながら、様々な一級資料を目にすること、そして、色々な見解を知ることが出来、考えさせられることが多々ある。

例えば、知られた話ですが
「江戸時代、識字率は95%以上あった」
と字面では知っていましたが、よく考えてみると当時、今と違って当然定められた「活字」は、ありません。出回っている浮世草子(雑誌の類)でさえ、よくて「行書」「草書」なのです。

それを殆どの人達が、読み書き出来た時代…
今の私達より、多分何倍も頭が良かったのではないかと単純に思います。

加えて江戸時代中期ごろ、街角や農村地区の謂わば告知板(地域のお知らせ板)にクイズ形式で「数学の問題」が、あちこちに出回り、それが流行っていたと…
数学が苦手な私からすれば…とんでもないことですよね^_^

また天才数学者として有名な関孝和はじめ公儀御役目つまり文官でも、ある程度の武芸の嗜みが、出来ていないと務まらなかった。
まさに「文武両道」そのもの。

この当時の「地理」「歴史」とは、さてどんなだったのか…
まず地理は、幼いうち近所の通りや街村の名前の由来を学ぶ。そしてまたその先、市町村、群単位で学び、広く国土そして世界を学ぶこと。
そこには、何故その名前の由来があるのか、何故その国が成り立ったのか、謂わば地政学としての大きな役割を担っていた。

また歴史は、事実をまず学び、そこから考える講義討論がなされた。
歴史にifはないが、ifで学ぶことは、しなければならない。
何故このようなことになったか?では、当事者になったとしたら、何をすべきなのか…

歴史は、本来暗記するものではなく、思考する手立てであり、歴史から反省なり実感なりを得て大事な思考力を鍛えるものなのです。

少しづつ変革は、していますが、少なくとも何故勉強しなければならないか?
何故この教科なのか?
正しく伝えられるよう先ずは、私たちが、学ばなければなりません。
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# by katsumi-okuda | 2019-08-18 14:52

現在、フルコンタクトカラテの道場指導で、まるでイジメのような動画が、あがっています。何がどうであれ、指導者が、最低であると言えます。では、何故そんなことが起きてしまうのか?

現在、フルコンタクトカラテの道場指導で、まるでイジメのような動画が、あがっています。何がどうであれ、指導者が、最低であると言えます。では、何故そんなことが起きてしまうのか?
偏に試合競技偏重主義のせい、また、強くなければフルコンタクトカラテではないという妄言。または誤解。過大解釈等だと推測され、同じ道を範とする者として腹立ちを隠せません。

なまじ、かじっただけの技量をもって苦しい厳しい思いをしたこともない指導者が、この世界大勢いる。
少しやっただけで指導者面する輩、わけのわからないことを本気で宣う。
伝統派であれ私達実戦派であれ、それは同じ。いや、どんなスポーツであれ例えば学習を教えるにせよ、それは同じではなかろうか。
教える伝えることの難しさを今一度多くの者特に先に立つ私達は、自戒を込め熟考しなければならないと思います。
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# by katsumi-okuda | 2019-08-15 22:00

今年の夏は…

今年の夏は…

恒例の行事、夏合宿が終わると…
一気に夏が、加速してる気がする。

今年の夏は、確かに酷暑なのだが、なんだか短いような気がしますね。
あんまり暑過ぎるのは、勘弁して欲しいのが人情^_^…暑さ寒さに少しは耐性が、あるほうですが、やはり程度ものですね。

本当に何度も呟きたくなりますが…
この歳になると本当に一年の過ぎるのが、早い
…気がしてならない。

瞬く間に時が、過ぎていく。
日常を過ごしているだけなのに…

時は、人にとって有限。
その中で何を成していくか、考えずにはいられません。

この調子だと、あっという間に…
古希を迎えることになりそうで…
少し焦りにも似た思いが、この身にまとわりついております。

まだまだ暑い最中、仕事や勉学に勤しむ皆様、どうかお身体ご自愛のほど…。

中々治らぬこの身を少し持て余しながら…
また何か新しいことが、出来ないか、今暫く酷暑残暑に耐えながら、過ごすことと致します。
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# by katsumi-okuda | 2019-08-06 20:02

合宿を考えてみると…

合宿を考えてみると…

今の時代、合宿とは、所謂「summer camp」のような立ち位置かと…

つまり、私達が若かりし頃のような短くても3泊四日、長ければゆうに一週間の合宿なんてどんな部活でも、ざらにあった。
 それも、その殆どが「選手稽古」の延長。
そうでなければ、俗に言う「山籠り」の体験版のようなもの…さして上手くも学ぶものもなく、ただ辛い事厳しい事を体験する機会ぐらいのもの…
 そして、今でも「辛く厳しい」と世間では思われているふしが、見え隠れする。

長い合宿生活、何かの撮影が入った時だけ、妙に気合を入れて試し割りやら滝浴びをやる。
それ以外、稽古以外やることがないから、特に上の者は、退屈になる。
そこでその退屈を紛らわすために始められたのが「演芸会⁇」…
当時も今も、私には意味がわからない…
退屈する⁈よく言えば緊張を緩和するため親睦のためなのだろうが…どうもそぐわないと私は、常に思う。
やりたい者が、別の機会にやればいいのではないかと思う。やりたくない者も、多くいることを考えてもらいたいと当時から思っていた。

固いと言われることもあるが、何かを習得することが、何より「合宿」のテーマ。

それは、子供達にとって親元を離れ、自分自身で全てを管理することだったり、ふだんやれない上の子供達が、下の子供達の生活全般の指導を含め当たること、または受けることも、大事な「合宿」のテーマだと思っている。

無論、ふだんの稽古では、伝えきれない多くの事柄を伝えられる機会でもあると思って久しい。
ただ、これは私見であり、様々な観点方針が、あるのだから、何が正解だとは言わないが、少なくとも、何をやろうとも、何某かの糧になれるモノを提供出来なければ、本来の意味合いが、薄れてしまう危惧があることは、事実。

ただ今強ければ上手ければいいという観点で私は、指導していない。
武道は、長きにわたり、それを納める者たちに少なからず影響を与えられねばならない。
その機会の一つが、現代の「合宿」だと私は、思う。出来ないなりに頑張ってる子供達、覚えられない、出来ない擬かしさを知ることの意味。それらを通し少しでも成長の糧になってくれれば、といつも思う。
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# by katsumi-okuda | 2019-08-01 14:07

ホントによく聞かれること…

ホントによく聞かれること…

カラテが、メジャーになることは大変良いことですが、その代わり「よくされる質問」ことが…

例えば…
オリンピックの空手と極真空手の違いって…
まぁ競技としての違いですから、説明のしがいもあります(^^)

ただ[カラテやってるんなら護身術として使えるかという質問…
中々返答に困ります(^^
今の時代まして今皆が、やってるカラテは、競技や徳育を目的にしたものであって、意味合いや理屈として護身の用途は、知ってはいても、さて、それを本気で使える人は…

その場の状況によりけりでしょうし、今の時代、カラテの技を使っても使わなくても何かと問題が、山積してやまないと…

ですから、教えてる道場生達には、危ないところ場面にならないよう、常日頃注意する。
どうしてもその場に遭遇したら、手当り次第に持ち物を相手(暴漢)に投げつけ、その場から逃げることを勧めている。

ましてや力の弱い子供や婦女子なら尚のこと。
蛮勇を奮っていいことは、ひとつも無い。

私達にしたところで、運良く相手を制することが出来ればいいが、よくて過剰防衛悪ければ自分か相手が、生命の危険が…
そんなことがあれば、瞬く間に、カラテそのものが叩かれるのが、世の常…

歳とともに、私は繁華街特に飲み屋界隈は、あまり歩かなくなったのは、そのせいもあると思う…

私がこの歳にして鍛錬を重ねているのは、とりもなおさず、不急の事故に対応出来る心身を維持したいがため。
…いざとなったら人一人担いで安全なところまで運べるだけの体力そして胆力を持つことこそ今の時代の武道…
私は道場生に常にそう言ってはばからない。

私がこのカラテを使う時があるとすれば…

本当に命をかけるときだけ…
そんなことが、これからも、ないことを願うばかりであります…
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# by katsumi-okuda | 2019-07-23 19:47

 単純なことを忘れない。

 単純なことを忘れない。

私の仕事の一つが、受験生達やご父兄の方々の相談アドバイスが、あります…年相応に^_^

その中で多くあるのが「ヤル気」「意欲」という問いです。
確かにヤル気や意欲が、なければどんなことも達成は難しいこととなります。
もちろん、ヤル気だけ空回りしても、ただの三日坊主になりがちですが…。

そこで皆、あまり考え過ぎている、難しくしているんじゃないかと思うことが、多々あります。
もっと単純に思い返してもらいたいことが、あります。
「なぜ、それをやりたいのか?」
「何をどうしたいのか?」
「それが、出来たとしたら、どうなるか?」

私ごとですが、中学1年生の頃、ともかく出来なかった^_^病欠気味の小学生のツケが回ってきていました。
流石に勉強そのものが、出来ないのは「格好が悪い!」「何より女の子にモテない!」
本気で悩みました!そして、その思い(欲、本能に近いかも^_^だけで、兎も角、勉強に取り掛かった覚えがあります。

まず、出来ないのですから、出来ることから、本当に興味の少しでもあることから「やり続けました」でも、はじめのうちは、1日多くて30分!少しでも成果の目に見えるものから、やりました!結果、あっという間にある程度までは、いきました!
ただそこから上位を目指すのは、大変でしたが、なんとか、その単純なモチベーションにより克服することが出来たのは、幸い^_^

カラテにしても、ここまで長くやってこれたのは、一に「強く上手くありたい」という欲を保ち続け、稽古鍛錬そのものを「習慣化」したことに他ならないのではと思ったりもします。
無論、ある程度からは、それだけでどうこうなるものではないのですが、基本そんな時は原点に立ち返り、自信を奮い立たせている自分が、今でもいることは、事実です。

あとは本当に出来るようになりたいのなら、やはり「人の三倍四倍の努力!質と量をやることに限ります!」どんなことでも王道はありません。あるのは、愚直に続けること。
人より少しでも多く自身の課題をこなしていくことが、達成への本当の近道ではないかと思いますね。
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# by katsumi-okuda | 2019-07-16 19:26

変わるもの、変わらぬもの。

変わるもの、変わらぬもの。

先日、神奈川で組手交流会が開催された。
開催にあたり主催された釘島師範下、皆様本当にご苦労様でした。
私は私用にてどうしても都合がつかず、失礼させて頂きましたが、参加させて頂いた子供達は何かと刺激を受けた模様で大した怪我もなく務めたようで何よりと思っておりますが…

 このような時代になるとは、正直思ってもみなかった…
同門だけでなく広く多くの他団体の方々と共に同じ道場に集うなど…

私達が若い頃…
他団体との交流などあるわけもなく、あったとしても「出稽古」であり、それにしても、参加する気概は尋常ではなかった。
本当にやるかやられるか…漫画みたいな発想で本当に真剣にそう思って「出稽古」に参加していた、させていた遠い記憶があります。

それが良い悪いではなく時代だったのではないかと思っております。

ただこれは私見となりますし旧い考え方かもしれませんが、そのようなことに一抹の違和感を感じなくもない…のが事実なのです。

いずれ試合上で相まみえる相手と「交流」と称し事前に手の内を晒しながら「組手」まして「ガチ」でやらせることにどのような効用があるのだろうか?無論、参加した自分次第なのは承知していることなのだが…
その場で自分の現在の力量が、計れるからというなら、それこそ試合でよくはないか⁈

相手がいなければ、比べる相手、やってくれる相手が、いないと強くなれない上手くなれないというなら、私は「やめてしまえ」と思う。

「武道」とは、所詮「独り」で納めるもの。
それは、いつ如何なる時も、変わらないものだと自覚している。
みんなと楽しくやるのは、大いに結構だし
同門同士、同じ技量を高め合う研究、研鑽なら尚良い。
しかし、強く上手く、更に上に上るのは自分自身でしかない。誰の助けもあるわけではないことを承知せねばならない。


 本当にこのような機会を良い刺激とし、子供達には、大きく発奮出来ることを願うばかり。
そうでなければ、ただ打ちのめされ自信を失い道から遠ざかることもあるのではないかと憂慮してならない。また、ただ勝てば良いとだけ考えているならば、それもまた道を遠からず閉ざすことになりはしないかと思うばかり…

一つ試合にしても、参加する者それを開く者として何を目的とし如何に「徳育」として効果を上げるか今一度その趣旨を熟考しなければならないと自戒してやまない。
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# by katsumi-okuda | 2019-07-02 12:20

 これからの為に…

 これからの為に…

前から気になっていたことですが…
子供達は、お互いにあまり年齢を気にしてないのか、学年が上の子や女の子に対して殆ど、よくて愛称で呼ぶか呼び捨てにし「君」や「さん」付けをしていない。

私が古いのかもしれませんが…
流石に年齢が上がり道場という場では、それなりに対応はしているみたいなのですが…

私は、道場生の呼び方にある決まりが、あるようです。子供時代から私のそばにいて成年になった指導員達は、名前で呼びます。ただ公の場では姓名で…。
成人で入門し社会人なら必ず年若くても「さん」付けで呼ばせてもらっています。
堅苦しいと言われる方も、いないではないですが、私の細やかな「流儀」ですので勘弁してください^_^呼び捨てなどは、全く慣れていないものですから…。

道場だけで過ごす人は、そんなにいません。大部分は、学校そして社会の一員として過ごしています。
ならば、正しい言葉遣いをするよう皆に心掛けてもらいたいと思っております。

何十年も武道に携わり、最も使っていること。
それは、挨拶であり言葉遣いです。
それらは、人を尊び思い遣る「はじまり」

これからの為に特に子供達にカラテの術だけではなく、そのあり様である心の使い方を伝えられたらと思っております。

例えば、ふだんの稽古の中でも、色々なお話をさせて頂きたいと思っています。
カラテ以外のことを…
そして、それが自身のカラテ、武道に繋がるように…
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# by katsumi-okuda | 2019-06-25 20:33

はじめは、何でも大変…

はじめは、何でも大変…

 先日の日曜、恒例の合同錬成会を行いました。
春と秋、普段なかなか会えない道場生たちと共に稽古をする。
時間帯や稽古場所などが違い、会う機会の少ない一般部や上級者達との稽古わを見遣る。

 思いの外⁈大勢が集まり、会場は、人混みで…
いつもと違う雰囲気に気圧され、緊張気味の子供達、特に初心や幼い子供たちの中には、涙目になっている子や会場に入れず、表で号泣してる子…などなど。

 たしかにいつもと違う雰囲気…
大人でも少し緊張します。
それも年端のいかない幼年では、致し方ないことかも…
ただ、やはりというか、個人差はあります。
全く物怖じしない子(特に女の子に多い^_^
いつもと変わらずニコニコしてる子など…

こんな経験、子供達にとってそうあるものではありません。
大勢の人目に晒され、いつも通りにやらなければならない…とても大変なことだと思います。
ですから、初心や幼い子供たちは、ここへ出てくるだけでも、大いに褒めてあげたいといつも思ってしまいますね。

 どんなことでも、そうですが、初めてのことは大変なことだと思います。

ですが、それを一つ一つ経験し積み上げていくことで、良い経験そして良い意味での「慣れ」を身につけていけるものだと考えております。

初めのうち、満足に出来なくて当たり前です。
キチンと立っていられなくても、仕方ない。
ただ少しづつ、やれるようになれば大いに褒めてあげたいですね。

幼い子供たちにとって、どんなことでも初めてのこたは、知らず知らず緊張もするし怖気もします。その大小は、人それぞれ。

何事でも自身に沿うよう、人と比べることなく慣れていければ良いと私は思っています。

上手くなる強くなる以前にそんなことからまず「挑戦」は、始まるものなのですから。

そんな幼い子供たちが、いつのまにか上級者となり、年少者の補佐にまわり、そして幾年かののち私の補佐を担うまでになってくれる…
そんな風景が…何にまして嬉しい。
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# by katsumi-okuda | 2019-06-18 20:43

カラダが、教えてくれる…

カラダが、教えてくれる…

 殆どの指の皮が、剥けてくる^_^
なぜなのかは、不明…多分アレルギーとのこと。丁度、梅雨に入りはじめの頃からなりはじめるので、皆に「もうそんな季節なんですねぇ」などと風物詩にされて久しい^_^

あまり痛くはない。夏本番になると治る。
でも、酷くなると汗でも沁みるので、少し煩わしいのと見た目が…

そして、特に右腕全体が…
考えてみれば、右腕だけで大きな怪我(骨折)は計7度、細かい怪我は数知れず…
なので「気圧」やら何やらで疼痛などが出ても、これも致し方なし。
出来ること「調整」は、やるようにしている。
ただ、ここ数年全力で力は、使えていないのが、なんとも歯痒い。

それでも、要は考えようと定め、他のことに注視し鍛錬なりを勤しむ。
たしかに楽観的ではあるが、嘆いていても何も始まらない。

出来ることから、やるのが「武道」

稽古は道場だけでやるものではないとは、先人の教え。
寝てる時間以外、使える時はアタマの中でも稽古すれば良い。使える部位を鍛え直し、今に沿うようにすれば良しと思う。

「稽古の稽古」になっては、いけない。
禅問答のようだが、何のための稽古なのか、その折々に思考しやらねば、進化は何もない。
そのことが皆に伝われば良いのだが…
特に子供達に伝えられるよう自身も自戒して臨まなければと、深く思う。

カラダを鍛え、そして、そこから何を学ぶのか、先ずは自分のカラダと語り明かさねば。
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# by katsumi-okuda | 2019-06-11 19:26