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武道カラテ稽古日記

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立ち返るところ

立ち返るところ
…本当に…一気に寒くならないでもらいたい。
まだ気持ちの整理が、出来てない…
言っても詮無いことですが^ - ^

暑さ寒さの中で過ごしていかなければならない。
この当然の日々の中で気持ちも身体も、一定ではない

いくらモチベーションが、高くても毎日同じように物事にあたれるかというと、そうではない。
それが、人というもの。

毎度、同じことの繰り返しの中でそのことを理解している者が、アタマひとつ抜け出すことが出来る。
大抵は、慣れからくる「惰性」「ダレ」が見られる。
それをどこまでカタチにまで落とし込めるか…。

思いっきりできない時、例えば怪我をしている時、気持ちが乗らない時などは、まず丁寧にカタチを作ることに意識、集中する。
簡単な基本の同じ動作でも、ふだんと何か違ってないか?考えるまたは、敢えて考えずに数をこなす。

手を抜いてやるのでは、決してない。
手を抜いてやるくらいなら、その辺を走っていればいいし、最悪気持ちが乗らないのであれば、やらないほうがいい。無理矢理やるのは、怪我の元だと経験上そう考えている。

俗に言う「基本に立ち返る」とは、このこと。

slumpになった時、立ち返えれるところを持つことは、どんなことでも大事な要なのです。
ただ若い頃は、中々そうは思い至らず、悪戯に悩み悪手をやるものです。
ですから、時に道を示してくれる先達(親や先生方)がいるのです。
ですから、自分では、その時思いもつかない稽古や鍛錬を強いられるのも、そういうことだと理解してほしいと願っております。

そして、上に至る者は、そのことを皆理解している。
それを指して「アタマが良い」というのです。

どんなに上手で強かろうと、それを理解していなければ、悪手に惑い、あたら遠回りをしてしまう。
挙句、結果が出ない。
そしてまた、悔恨と迷いの中で彷徨ってしまう。
それは、どんな選手達であっても、あり得ること。
そして、そこから、立ち直れるのが、本物の一流。

私は、この齢にしてもまだまだ悩む。

だから、稽古を鍛錬を繰り返す。
独り稽古鍛錬とは、それを見つめ直す時間。
より細密に基本を見詰める。
自身の心身の動きを見定める。
その為に誰も、余人は寄せ付けない。

側にいられる「資格」があるとすればやはり、それは、自らが認めた黒帯以上の一部の者達のみ。
これから、それ等を集めて本来の「黒帯研鑽会」をやる予定でもいる。
選手として指導者として理解出来る者達のみで行う本当の稽古鍛錬を行う。

そして、黒帯になるとは、そういうことだということを特に若い道場生には、わかってもらいたい。
本来の武道とは、その精神性の高さを高めるためでもあり、希求するものでなければならない。
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# by katsumi-okuda | 2021-10-19 08:49

高みに挑むとは

高みに挑むとは
 急に秋めいた…いや晩秋のそれのように寒さが、増しております。
北の地では、はや冬の便りも…皆様、体調を崩さぬようお過ごしください。

 さて、趣味の一つとして音楽鑑賞…BGM変わりに朝から流しておりますが、中には柄にもなくクラッシックも、聞いたりします。
今丁度、ショパン国際ピアノコンクールをやっていますので、それを拝聴しております。
門外漢ですから、何方も素晴らしい限りですが、やはり、日本人が、出ているのは応援せずにはいられません^ - ^、

このコンクールは、厳しい書類選考から始まり多くの先生方からの推薦を得て、やっと予選に辿り着く。
その数80名。
そこから半数づつ減らされ三次予選では20名、そして本選決勝には、10名…。
どこを観ても世界的に推される若手アーティストばかり…その中の20名に日本人が2名も!
さて、本選は、どうなりますか…

全ての指定曲4.50分程度を全て暗譜して臨む。
私達、凡人には計り知れない能力であり、そこまで辿り着くまで、どれほどのまでに研鑽してこられたか…
このコンクールに出場することでさえ並大抵ではないことが、素人の私にも窺い知ることが出来る。

さて、これは私達の世界で言えば、全日本大会、または世界大会とも言えましょう。

各地域で優勝かそれに準ずる成績を収めた者達が、一同に介し覇を競う。
要は一回戦目から地方大会の決勝戦。
どのコートも、延長!
雌雄は、僅かな差でしかない僅差の戦いばかり…。

それでは、そこで勝者と敗者の差は、どこでつくのか?体力、技量には、殆ど差はないのです。
あるとすれば、それまで積み上げてきた「意識」の違いとでもいいましょうか…。

絶対に勝つんだ!勝ちたい!
その為にどんなことでも積み上げていくんだという「強い気持ち」
誰に言われるのではなく、自らが、その過酷な稽古鍛錬に臨む姿勢。
それは、稽古の内外に現れなければ意味がない。
強い気持ちとは、ふだんから作り上げられる。
何気ない、ふとした立ち振る舞いや所作、日常の瑣末なことをどれだけ意識してやれるか…
…それが、やれて初めて、あの舞台に立てる準備が、一つ出来たと言えよう

そしてまた、それでも勝てないことも当然あるのが、勝負事の世界。

ただ、それをそこに臨む者は、皆等しくそれをやり、それを自分の力としていることに変わりはない。

高みに挑むとは、そういうこと。
昔から弟子達には、厳しいようだが、言い伝えてきた
…それが、出来ないようなら対戦相手に失礼だから、出るなと、出るならそれなりの気概を持って稽古鍛錬をすることと…
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# by katsumi-okuda | 2021-10-17 16:51

何を鍛えてるの⁈

何を鍛えてるの⁈
…寒暖の差が…稽古中、汗をかき指導している間に冷えていく毎度のことだが…この時節柄、体調管理は不可欠ですね。

これは関西方面のフルコンタクト系空手に多い意見ですが「組手に強くなるには組手稽古を6.7割、ミットや補強は残り」と公言して久しいですね。
また、この前のオリンピックに代表される伝統派の方々は「型の選手ならば、その修得、鍛錬に大部分を費やし、他は補助」と述べられておりました。

そのどちらも間違っては、いないと…
確かにそうなのですが、それはあくまで当面の目標が、明確間近な場合。

では、それを終えてからは、どうするのか⁉︎
特段、選手という訳ではない大多数の道場生は、どうすべきなのか⁉︎
翻って私達の団体及び道場では、どうしているのか⁉︎
その殆どが、そこの師範先生方の考え方に沿い指導編纂が、なされています。
カラテを一時的な物差しで測るのではなく、それをもって、これから出会うであろう様々なスポーツや出来事に対応出来る心身を創り上げる。

私は、よくこんな話をします。
「このアタマとカラダを一生使うんだよ。
それなら、使えるアタマとカラダを今から作り上げること。使えるようにすること。
どうすればカラダは、自分の思うように動かせるのか?どうすればいざと言う時、心が騒つかず平常に保てるか?それを学ぶ術として自分達には、この武道を選んだことを忘れてはならない」

因みに私は、アタマを使うことを提唱します。
ふだんからよく観て考え自分に合った動き方を学ぶ。
それをまた試合のような局面であろうと稽古と同じように動けることを目指す。

例えば、前屈立ちというのがあります。
その形を意識して身につけた者とそうでない者とでは、突きや蹴りの威力が、明らかに違います。
カタチを成していければ、私のように筋力が衰え始めたとしても、以前とさして変わらぬ威力を保てる。

ですが、若いうちや子供達は、有り余る体力の限界まで鍛錬し力や速さを上げることも、決して怠ってはならない。人の身体は、理屈だけでは、どうにもならないこともまた事実なのですから^ - ^

前にも言いましたが…
言われてやってるだけなら半人前ですし、成果はそれなりにしか掴めない。
言われなくも、高い目標を見定め、どんな些末な稽古鍛錬でも、真摯に取り組めるのなら…様々な成果を手にすることが出来るのです

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# by katsumi-okuda | 2021-10-16 14:08

変わるもの

変わるもの
 どうやら初秋を通り越し晩秋なのでしょうか?
いきなり肌寒さを感じますので時節柄、皆さんどうかご自愛くださいませ。

さて、夏頃から唐突にスマホの調子が、悪くなり、急遽機種変更を…
ここのところの仕事などは、PCを使うより携帯での作業が、ほとんどです。何気に無くてはならない物になってしまったようです。

ということで、進化したカメラの機能チェックも兼ねて稽古後、動画を撮ってみました。
一人では何なので指導員のイブを従えて…
動画そのものは、とても鮮明でこれから何かと役立ってくれるものだと感じましたが…

型を打った私達二人の感想は…
「ダメだな…」「やってないと全然ですね」
「あぁ…」二人とも自分の型を見て、テンション下がりまくり…。やってる本人達にしか分からないですが、全く納得いかないモノです。

彼は、来年の世界大会型選手代表の一人でもあり、少年部の頃から私に付き従い、よく稽古鍛錬を積んでいる一人。ここのところ、組手試合に向けて調整をしていた為、ほとんど型の稽古をしていなかったとのこと
…私にしても、やっているようでやり方が、足らなかったようです…

稽古中でも、よく私は言います。
人の身体は、六ヶ月もすると別人になる。
だから、その間どう過ごすかでカラダは、変わる。
そして、意識もそれにつれ変わるもの。

毎日、二度と同じ日は巡ってこない。
毎日、同じ調子の心身もまたないことを知ろう

特に何かを成していこうとするなら、それなりの感覚を保たねばならない。
ただ何となくやっていては、掴めるものも曖昧になってしまう。その個人の資質や立ち位置により、それぞれに感性を正しくしなければならない。

毎日一つでもいいから、何かをつかもうと何かを成そうと努める癖をつけることを忘れてはならない。
…それは、自戒を込めて、指導する私達にも、当然言えることなのです。
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# by katsumi-okuda | 2021-10-13 12:50

帯が変わると

帯が変わると
 審査後、真新しく硬い帯を締めてあげる…無論、小さな道場生に限りますが^ - ^
気恥ずかしくも、どこか誇らしげで何より^ - ^
その気持ちを忘れずにいてほしいものです。

色帯までは、指導者側の判断により受審を決めていますので、いつも稽古中、話していることですが、指導している私の場合、普段の稽古が審査!なのです。
ですから、審査会などは、ご両親や関係者への「お披露目」的な意味合いの方が、強かったりもします。

勿論、規定内容が、出来ることはそうなのですが、少年部の場合、帯が、変わり次のことが、出来るやれるだけの心身が出来上がっていることを重視します。

ただ、やはり高学年や選手、指導員補佐クラス、及び上級者審査(茶帯、黒帯)の場合は、その帯に相応しく、また技量、体力等に秀でてなければなりません。
また、その帯に相応しい「自覚」も、求められます。

特に黒帯初段の審査は、指導員過半数以上の承認と担当の先生方の推挙及び本人の受審意志があること。

ただ、上になればなるほど、俗にいうプレッシャーはあるものです。
その帯に相応しいかどうか?
今までの先輩達と並ぶことになる自覚が、あるか…

ですから特に黒帯になった皆さんは、それに押しつぶされないよう、それまで以上に稽古鍛錬に励まねばならなくなりますし、より高見を目指さねばならないのです。

このようにStep upすることは、実生活ではあまりないことであり、その中で個人としての成長を見ることが、出来る稀な機会ともいえます。
ですので、子供達には、長い期間となりますが、少なくとも色帯最高位の茶帯までは、何とか継続してもらいたいと願うばかりです。
そこまでいって、どうにか「形」になるのが武道の世界なのです。折角、始めたことですから、そこまで色々な壁が、あることでしょうが、どうか乗り越えさせてあげて頂きたいと思うばかりです。

…嬉しそうに新しい帯を眺めている子供達を見ていると本当にそう思われてなりません。
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# by katsumi-okuda | 2021-10-11 11:44