武道カラテ稽古日記

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 何故に「基本」が「型」が大事と言われるか

 何故に「基本」が「型」が大事と言われるか

九九も満足に出来ないのに高等数学は、出来るはずもない。もし、万が一出来るのであれば、それは例外若しくは天才と称しても良い。

同じことは、どの世界でもある。
私たちは、カラテをやっている。
ならば「カラテ」で心身を整え使えるようになった方が理にかなっている。

確かに合理的なトレーニングや筋トレは必須な場合もあるが、一見無駄に思える旧い稽古であっても、結果「身体を使う」こと「カラテ、競技として使う」のであれば、遠回りのように見えても、それが王道となる。

これは私達の世界だけの話ではなかろう。
基礎科学がなければ偉大な成果が、生まれない科学の世界など多岐にその事例に見られる。

単に審査や演武のためだけに「型」や「基本」があるのでは決してないことを私たち年長者は、正しく伝えていかなければならない。

そして、では、どうやってそれを使いこなすか?
それを熟考し実践してこその「稽古」である。
何事もまずは「正しく考え、何度も繰り返し研鑽すること」
特に基本基礎となることは、無意識のうちに出来るくらいになることを、先ずは考えて欲しいと願う。
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# by katsumi-okuda | 2018-11-13 20:46

 初めが大切…いつでも、どこでも

 初めが大切…いつでも、どこでも

学ぶ第一歩は、「真似る」と言います。

小学校低学年の時、黒板に書いてくれる先生の文字は「正しく大きかった」ですね。

それは単に見やすいからだけではないのです。
先ずは「キチンと見ること」を学ぶ。
次に「しっかり聴くこと」
そして「自分の頭で考えること」
を年齢に応じて学んでいきます。

これは、物事を習得する時も同じ。
新しく学ばなければならないのに満足に良く見もしないで、いきなり「考えて」やろうとする人が、います。
結果、習得に時間が、かかったり、変なクセがついたりします。

ですから、子供達には、正しい習得のやり方をこの稽古の中で学んで欲しいと思っております。どんなことにも通用する頭と身体を作ることも大事な稽古の一環ですからね。
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# by katsumi-okuda | 2018-11-09 10:30

 らしさの初め…

 らしさの初め…

小さな子供達が、私たちと同じ道着に腕を通す。
初めは着せてもらいながら、そしてそのうち自分の手で着れるようになる。

今の子供達は、いや大人でも「着物」を着慣れてはいない。特に男の子達は、道着の下帯(道着のズボンの帯)を結ぶのが苦手な子が多い。
その点流石に女の子達は、どんなに幼くても、いつのまにか手際よく結べるようになっていたりする。

しかし、以前に比べ道着が、キチンと着れない。いつまでも結べない子供が、多い気がしなくもない。
躾の初めとして、やっていてもらいたいものの一つではありますね。

道着は、私たちにとって「正装」であり「戦闘服」でもあります。
ですから、やはり特に試合に際し、相手に失礼のないよう着付けなければなりません。

道着の着方に「流行り廃り」はありません。

そして少し気にかかることがあります。
帯を緩く締め試合に臨む選手が、往々にしております。多分、教えられた先生や指導されてる先輩達の真似なのかもしれませんが、あまり良いことだとは思っておりません。

ルールで決められていなくても、やらなければならないことというものは、沢山あるものです。

先ずは「姿かたちから」です。

格好の悪い「着方」をしている人に強く上手い人は、どの世界でもおりません。
逆にその姿かたちが、キレイな人は、必ず強く上手い人達だと思って間違いありません。

まずは、そこから「はじまり」です。
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# by katsumi-okuda | 2018-11-06 20:27

 旧弊と言われても…

 旧弊と言われても…

考え方が、古いと言われても、変えたくないものが、やはりあります。

これは何も他を非難しているわけでは決してないので…

私達は、どんな場所であっても(例えば様々な場所を間借りしても…)道着を着て「稽古」をする以上、そこは「道場」となります。

技の修練と体力の鍛錬そして精神修養の為

それは、相手が幼い子供達でも同じ。
いくらか言葉は、優しくなりはしますが、大概は、一般と何ら変えたりはしない。

いくら世の中が「西洋のお祭り風」で浮かれようと、ここは「道場」
そんなことは一切触れません。
いや弱い自分が、露呈してしまいますから、所謂「祝い事」「祭り事」には触れたくはないのです。

神社仏閣で西洋のお祭りは、認めていても、それを公に飾ったり祝ったりはしないはずですよね。
気分としては、それと同じでありたいと思っております。

ちなみに世間で他人様に迷惑をかけるようなそれは「祭り事」では決してない。
一切やめて仕舞えば良い。
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# by katsumi-okuda | 2018-10-30 10:53

二つの道を…

二つの道を…

二道を求むるなかれ…とは、一つの武道をやりながら、もうひとつ同じような武道をやってはならないということ。以前、総本部規定にそのような事が書かれていた記憶があります。
 要は、一つを究めるだけでも大変なのに二つ同時に行うのは、難しいしどちらも中途半端になってしまうことへの戒めなのです。

 ですが、文武両道という言葉が、示す通り他の道を究めることは、逆に推奨もしています。

 現在に至って、例えば学校で部活で活躍しながら道場でも、真摯に稽古に取り組み、それ相応の成果を収めている人たちが、多くいます。

この前の合同錬成会及び審査会でも、そんな中学生達が、数人受審し見事な稽古の成果を後輩の良き手本として見せてくれました。

学業も怠ることなく、二道を歩むまだ年若い道場生達に立派な姿をみることが、出来たことは何物にも代え難いものだと感じ入ってしまいました。

人は、様々なことに直面した時、辛く厳しくなると、そこから避ける理由をいくつも見つけます。ですが逆にそれに立ち向かおうとする時、やり続ける理由は、やろうという一つの強い意志しかありません。

その強い意志を年若いうちに身に付けることの大切さを忘れないでもらいたいと切に思います。また、そんな子供達を後押ししてあげられる大人でありたいとも思います。

我が子が、苦境や辛い時に立ち入った時、可哀想と思う親心は、当然なのですが、本当に大切なことは何かを導き出し後押ししてあげられるのもまた親にしか出来ないことの一つ。
無論、何が大切かの判断は、その折々で異なります。親が前面に出てサポートしなければならないこともまた、沢山あります。

出来る限り、やれる限り子供達に多くの経験をさせてあげられることを望んでやみません。
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# by katsumi-okuda | 2018-10-18 22:16

…福島県大会…台風に苛まれ

…福島県大会…台風に苛まれ

日曜早朝5時、道場から福島へと成田、小森師範代らと向かう。
あいにくの台風の影響を背に受けながら…。
幸い行きも帰りも、その影響は、あまり受けずに済んだ。

いつものことながら盛大にそして粛々と門馬師範率いる門馬道場主催の福島県大会。

今回は、子供達の稽古の成果を観るための大事な一戦となった。
子供達なりに今回は、頑張ってくれたと思う。
無論、まだまだ課題は山積みだが、やったことの正しさは、出せたとも評価して良いと感じた試合だった。

毎度のことながら運営に携わった門馬道場の関係者の皆様、本当にありがとうございました。
また良い学びとなりましたこと深く感謝申し上げます。残念ながら、ゆっくりと皆様とお話をすることも叶いませんでしたが、ここに記させて頂きますので、今後共、道場生共々よろしくお願いします。

門馬道場とは、それこそ「仲間」として長くに渡り時を共有させて頂いております。
それだけに以前からよく知っている若者達が、立派に戦う姿に感動すら覚えました。

私たちも、まだまだ精進しなければと思うばかり。

…自分の子供や孫に等しい子供達の真剣さに触れ、感慨もひとしおではありますが、それに甘んずるほどまだ私も、耄碌はしたくありません^_^…痛めたカラダを台風に苛まれ動き泥んではおりましたが…これもまた自分と定めております。
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# by katsumi-okuda | 2018-10-02 19:29

 不意に思い立ち…

 不意に思い立ち…

少し前、予定していた事柄が無効になり時間的な余裕が出来た。
その時、不意に「行ってこよう」と思い立つ。

鹿島神宮そして香取神宮。

行くなら早朝と決め、当日夜も明けきらないうちから家を出る。

今では高速が繋がり正味2時間かからない道行。

鹿島神宮に朝7時到着。
近隣の方々が、散策されていた。
それでも、いつもの人出からは想像もつかないくらいの静寂、、そして穏やかでたおやかな時が、流れている。

早朝、少し日差しは暑さが残っていたが、境内と奥へと進む林道は、静謐で涼しげな空気に満ち、林からは、まるで後光のような陽射しが、差し込んでいた。

本当に来た甲斐があった。

自身の弱さや迷いを払拭し、また新たな面持ちで立ち上がる後押しをして頂いているかのような、とても清々しくも嬉しいひと時。

…自然、ゆっくり歩いている。
人様に見られていないから…
自分が、微笑んでいることが、わかる。

大切な時間であり、ほんの少しの時間だったのに、本当に多くのことを考え感じられた。

そのことを多くの方々ににも知って頂きたいと、やはり唐突に思いました。
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# by katsumi-okuda | 2018-09-18 20:32

齢六十を過ぎると…武道が楽しくなる。

齢六十を過ぎると…武道が楽しくなる。

どなたかの言葉だったか忘れたが、たまに思いおこしては、反芻しては問うている。

故障、持病数えきれず、天候に左右されることこの上なし…全身絶好調いや何もない日は…
さて、いつの頃にあったろうか、既に定かでなくなって久しい。

二十歳代の無謀とも言える稽古量も、今は懐かしくもあるが、今あるのは確かにそれがあったからだと実感もしている。

そんな無謀な稽古も久しく、無理も出来ないなりの稽古鍛錬に至る日々。
それでも、私にとって稽古鍛錬は、もはや「日常」以外の何物でもない。
ただ思い描くだけの「量」がこなせていないことだけは、心許無くも歯痒いばかりだが…。

まだまだ「一芸」とまでは、程遠いと改めて思う。自分の理想としている姿とは、本当に蜃気楼か泡沫の幻のようなのかと自問してしまう。

ただそれでも、わかることも、ある。
武道の根幹は、やはり「日常」にある。
気がついた折、「姿勢を正し、呼吸を整え、正しく立ち振る舞う」こと、それに至る。

それは何も、激しい稽古を必要としない、普通の方々にも、多く当てはまること。
そして、それらをこれから多く広めていけたらと…密かに思い巡らしております。
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# by katsumi-okuda | 2018-09-11 20:12

厳しさの中に楽しみを…

厳しさの中に楽しみを…

台風そして地震と災いの続く中、当事者の皆様、何卒安らかな日々が1日でも早く訪れます事を強く祈念させて頂きます。
どうか今暫く、おつとめ頂き頑張ってください。

これから大会、試合シーズンになる。
特に大会に臨む「選手たち」皆一応に当然勝ちたいと願う。しかし、思い通りにならないことの方が多い。
当然、相手のいることだから。
相手より上回らなければ勝ちは、見えてこない。では、何をどうすれば良いのか…。

まずは、心の強さ。
勝とう負けないという意志の強さ。
同じ体格技量の中で戦う以上、もし大きな差が生まれるとしたら、そこに行き着く。
そしてそれは、普段の稽古から積み上げていくしかない。なんの変哲も無い稽古や日常の積み重ねの中からしか育まれないと知らねばならない。そしてそれが、どんなに曖昧なことであるかも知らねばならない。
 つまり、相手も同じ思いで、いやそれ以上の思いを持って対峙してくるのだから。
気持ちで負けないとは、そういうことになる。
はなから、気持ちで負けているようでは、試合にならない。

次に自分の欠点弱点を補っていくこと。
確かに長所は、伸ばすに越したことはない。
しかし、相手は、勝負とは、その欠点弱点を攻めてくる、攻めることに他ならない。
中には強引に相手の長所を潰し、一気呵成に流れを我がものにしようというやり方も無いではないが、まずは、そこに行き着くことを忘れてはならない。

あとは、積み上げられるだけ「基礎体力」をあげておくことではないか。
相手に力負けしない体力、心肺機能。打たれ強さ、などであろう。
それ無くして、今の競技立ち向かうことは難しい。

そして一番大切なことは、それらを本当に理解しうる素直なアタマでありココロ。
それをいかに保つか…
子供達には、まずそのことを理解して欲しいといつもこの時節、切に思う。

今の子供たちは、昔の選手たちより何倍も優れている。
しかし、そのアタマとココロの強さは…
兎にも角にも、負けて悔しい思いをするのも、要は今この時の積み重ね以外の何物でもないことを忘れてはならない。
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# by katsumi-okuda | 2018-09-10 11:33

色々な子供達…

色々な子供達…
「…これ…なんて読んだらいいんだ」
クラブの子供達の新しい名簿に目を通した時、二学期から新しい子供達が、入会来てくれます。自分の道場の子供達なら名前は、必ず確認して覚えるのですが、クラブとなると中々そうもいかず…。
「プリントミスじゃないですか…」
尋ねてみた指導員も、読めず。

そして、昨日来た新しい子供🧒
ニコニコして愛らしい女の子のような髪型と風情…「こんにちは😃お名前は⁇」
「…っていうよ」
「…ん⁉️…ごめん、なんて」
「だからぁ…なの」
「あぁ、わかった、(いや、聴き取れない(^^)」
ホントにそうだった。
どうやら中国籍のお友達!

地域柄というか、ここは色んな国の人達が、たまに出会う。
アメリカ、インド、中東、ロシアそして中国
東大の研究施設があるせいらしいです…。

幸いこのクラス、もう一人小学4年の中国籍(言葉は普通に通じる)の男の子がいる。
その子を会して話をしたが、子供達同士は、そんな事関係なく、すぐに仲良く遊びまわっていたのが何より(^^)

何にせよ楽しく武道を学んでくれることを願う。特にここのところ、少しでも楽しくないと、あっという間に辞めてしまう子が、いる。

成果の出る出ないではないが、少なくとも「習い事は、最低三年」やらせる親の気概が必要なのではないかと思って久しい。
少し辛いから楽しくないからといって、子供の意見を聞くのは、構わないが、あまりにもそれに偏重し過ぎではないかと…。

でもまぁ、何にせよ子供達は、色んな可能性があるのだから、様々な「体験」は、してみるべきだとは思う。

たとえ「辛く」「厳しい」こと「結果の伴わないこと」であっても、その「経験」は、何にせよその子の大きな「財産」になることに間違いはない。
「…ホントに今度は…中国語でも、学ぶべきか」
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# by katsumi-okuda | 2018-09-06 11:09