武道カラテ稽古日記

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呼吸と形

人が、最もたくさん「運動」しているものが「呼吸」だと言います。

ふだん意識していないことですが、改めて考えてみましょう。
私達特に大人は、深呼吸をあまりしません。
子供達は、学校で体育の授業などでやることもあるでしょうが、私達大人は…考えてみるとやらないですね。

ちなみに脂肪というのは、身体から燃えてなくなるときにその多くは呼吸として体外に排出されると言います(でも、呼吸だけで痩せるわけではありません…^_^

改めて呼吸を考えてみるとその効用の多くを私達は、見過ごしているようです。
例えば、元気で溌剌と挨拶をしたり話したり笑ったり、そして、少し早足で歩ったりしても呼吸は、活発になりますね。

ですから、子供達に大きな声で挨拶を促したり気合をかけさせたりするのも、うなづけることなのだと思います。

さて、私達武道、空手の中で「呼吸」とは、大きな意味を持っています。呼吸とともに私達は稽古をしています。様々な呼吸法をもって心身の調整をしております。
特に少年部や壮年にあたる人たちは、先ず健康を維持強化する為にも意識して行いたいところです。また、試合に出る人たちにとっても、とても大事だと思います。

これは、経験則でもあるのですが、大会に出た者たちに話を聞くと型の中で最も有効であった効果即効性があったと言うのが、実は「三戦」だと言います。

激しい打突の最中、心身の安定を図る為に身体の部所を瞬時に締める、そして「息の調整」をするその感覚が、この「三戦」によって促されていると実感できるのです。

私ごとで申し訳ないのですが…
私をさして「体力(スタミナ)がある!打たれ強い」と言われるのですが…とんでもありません。
もともと「打たれるのが苦手、スタミナのない方だと思ってる」のです。

ただ「その時々の身体の使い方をいままでの稽古によって自覚してるだけ」なのだと思います。
だから、稽古や組手の最中にそれらを引き出し使っているだけに過ぎないと言えるのです。
そして、それらが意識出来るのであれば、それは、誰でもやれることなのだと思ってもいます。

ひと頃「ナントカブレス」というものが、流行りましたが、あれは私達カラテの呼吸や体の締め方に酷似していますね。

三戦での呼吸そして体の締め方、そしてやり方は、それをやる人や伝承されている形でそれこそ沢山あります。
そして、そのどれが、正しいというのではなく、今の自分にあったやり方、そして正しい形があれば、いいと私は理解しております。

ですから、無理矢理このやり方は、こうだという教え方や伝え方は私は、していません。
まずは、ゆっくりと確かな呼吸と動きに合わせ形作ることから皆さんにお伝えしております。

特に体力のない方々には、ゆっくりとした動きと呼吸の一致。スロートレーニングに代表されるように息を切らし過ぎない少し強度のある長めの運動をお勧めしております。

これらは、今のスポーツ界でも提唱されているやり方で、少し時間はかかりますが確実に体力強化そして体重調整には役立っております。

確かな、そして意識した呼吸と少しの早歩き。
この二つがある人たちは、皆さん「長生き」だと言います。

さて、それらを私達のカラテに活かすのは、やはり自分次第。
武道とは、長く続く道と言いますね。
ならば私は、この方法を一つ取り入れた体の作り方を提唱していきたいと思っております。

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# by katsumi-okuda | 2015-10-01 13:53

第11回福島県大会を終えて

今年で早いもので、11回を迎えた。

私の盟友であり真に尊敬に値する極真の師範、門馬師範とその門下生と御父兄の皆様による福島県大会。

毎度々、その大会運営に関しては内外から高い評価を受け、今回も大勢の選手を見事にさばききった、その団結力と事前準備の確からしさを垣間見させて頂きました。

本当に大したものだと毎度感嘆しきりです!
そして、本当にご苦労様でした。大会に関わった全ての方々に御礼をしたいのですが…この場を借り失礼させて頂きます。

さて、今回は特に選手層の厚さ「全日本ばり」にも驚きましたが、子供達の成長にも、相変わらず驚かせてもらいました。

確か以前、少年部の試合で見ていた子供達が、立派に中高校生となり、見事に次世代を担う逸材になり、大人に負けないいやそれ以上の戦いを見せてくれてました…何故か感慨も一入です^_^

今回の大会、残念ながら私達の道場生(少年部しか出られませんでしたが)特に一般部不参加でしたが、大いに学ばせていただきました。

一般部に限らず、やはり以前から提唱しているように「突き」の重要性。

一般部決勝で戦った纐纈、陳選手の二人の戦い方にそれは、顕著に表れておりました。

相手の間合いを潰しながら、そこからでも強い突きが出せる、そして、効かせられること。

一朝一夕になるものではないですね。
日頃の確かな鍛錬の賜物。
「空手は、最後は突きだよ‼︎」
と常に仰られていた総裁の言葉の確からしさに改めて想いを馳せ、今後の大きな指針にしたいと思いました。


あらためて思うことがあります。

私達は、あくまで曲がりなりにも「武道家」を名乗り「指導者」として禄を食んでおります。

今、現代にあって武道とは、そして、特に次世代を担う子供達に何を伝えなければならないか。

難しい講釈を垂れるのではなく、日々自分自身が、実践し様々な事象を検証、実践咀嚼し受け渡していかなければならないと。

私達には私達なりの仕事が、あります。
私達にしか出来ないこともあるはずです。
惑うことなく、それに専心してこそ皆は、ついてきてくれるものだと思っております。

素晴らしい大会、そして、それに関わる全ての方々を観て改めて強くそう思いました。

さて、10月には私達主催による「技術交流会」があります。限られた日程ではありますが、特に指導者、壮年部の皆さんと共に大いに研鑽したいと思いますので、皆さん奮ってご参加の程何卒よろしくお願い致します。

# by katsumi-okuda | 2015-09-25 14:26

バランスが、大事

よく「心技体」という言葉があり、武道の世界では、当然のように使われている。

しかし、本当の意味での「心技体」とは、私達にとってどのようなものか。

どんなに優れた「技」があっても、それを有効に使えるだけの「体」がなければならない。
逆にどんなに優れた「体」があっても、技がなければ、競技として勝つことは難しい。

そしてまた、それらが、揃っていたとしても、浮ついた「心」であっては、勝てるはずもない。

冷静で理に富んだ思考と負けないための熱情半々が、整っていることが大事。

要は「心技体」とは、どれが先かではなく、全てを内包したものでなければならないということ。


そして、それらを作り上げていくのが、ふだんの稽古と生活全般であると見て取れる。
そのために私達は、ふだんを大事にしなければならない。

子供たちに「ふだんの稽古や勉強で100点を取れるようなやり方をしてないで、どうして大事な試合やテストで100点を取れるの⁉︎」と問う。

この当たり前のことが、最も大事でそして難しいことなのです。だから、絶えず私達は、それと向き合い試されていかなければならない。

ですが、何もずっと集中力してろ、絶えず懸命にやれというものでもないのです。
そんなに出来る者なら道場も塾や予備校もいらないですね(たまに、それが、出来てしまう稀有な者もいないではないですが…)

要は、必要な時にそれを施せるかどうかなのです。型も組手も同様に「強弱」や「緩急」が大切なのです。

やる時やれる時は、意識して短時間に集中しやるべきだと思っています。
よく鍛える筋肉を意識しながらやるのとそうでないのとでは、効果が全く違うという話を聞きますが、本当にその通りだと思っています。

笑い話ではないですが…ボディビルダーの大会でポージングにあまりにもチカラを入れ過ぎ呼吸を止めていた選手が、ポージングの最中に失神したと聞いたことがあります。
ちなみに私も過去に「三戦」の型をやりこんだ折、あまりに息を吐き入り過ぎて倒れそうになったことが…
これは、集中しすぎの悪い例ですね^_^

今の時代、自分の体が、壊れるほど稽古や鍛錬に没頭する者も、少ないとは思いますが、でも、そのくらいの気概を持って稽古や鍛錬そして勉学に励んでもらいたいとも思います。

何事も「バランス」です。

そのバランスが、その大事な時に決まる…それをやってみせるのも、やはり自分次第ということ。

これから大会や受験シーズンです。
選手や受験生の皆さん、大変でしょうが、そのことを大事に考えながら日々過ごしてくださいね。

その一つ〃が、次の皆さんを作り上げていくのですから^_^
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# by katsumi-okuda | 2015-09-14 21:23

何事も…

この歳だからこそ、わかってくることもあります。

どんなことでも、カラテに限らず…
いつでも、どこでも「手を抜かない者は、大成する」ということです。
逆に言えば、些細なことで手を抜く者は、早晩伸び悩む。

だから私はよく、特に子供たちに言う。
「この頭一つでいろんなことやるんだからね。一つのことが、ちゃんと出来る人は、何でも出来るようになる。だから、どんなことでも、手を抜かないこと。人はみんな怠け者に出来てる。楽な方が、いいに決まってる。でも、そんなことをしていたら、必ずいろんなことが、上手くいかなくなるね。だから、カラテでも勉強でも同じ。そして、毎日の生活全部同じだよ。だから、まず挨拶をキチンとして、いつもまわりの人のことを思いやれる人になろう。そのためには、強い自分でなければならない。自分たちは、そのために今、このカラテをやってるんだと思うこと。」

どんなに幼い子供たちであっても、私は、幾度となく、そんな話をする。
そして、その手本として、私も、そう心がけている。私が、いや大人が、やらなければ子供たちが、理解出来るはずもない。
それが、今の私の信条かもしれない。

だから、反抗期を迎えた連中や手を抜く者は には、容赦しない。
たとえ、五月蝿く思われようが、構わない。

私たちが、そう言われ続けたように、次の世代に残さねばならない。

ふだんの心がけこそが、本当に強くなる元なのだから。
相手を思いやれる見立てこそが、組手で相手の心の内を自然にわかるように。

相手を思いやれるとは、ひとえに相手をよく見ているということに他ならない。

相手の感情や呼吸が、自然に理解出来てこそ自身の「本当の技」が、活きるのだから。

だから、どんな些細なことでも手を抜くことはあってはならない。

挨拶一つ満足に出来ないものに誰が、大切な仕事を任せるだろうか。
瑣末な仕事や勉強そしてカラテの基本が出来ない者にどうして大きなことが、成し遂げられようか?

私のカラテが、他と違うとしたら、それは、このことを言うのかもしれない。

多分少し歳のせいなのかもと思わなくもないが…
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# by katsumi-okuda | 2015-09-09 22:49

私達の元になるもの

なぜか、FBやらにリンク出来なかったのですが…わかりません(´・_・`)

ともかく、仕事で使っているPCが、ままならずihornやらで済ませておりますので、更新も滞りがちです。

ただ、どうにか体調も少し持ち直しつつありますので(みんなからは、全然わからないと言われますが(´・_・`)これからに向かい、少しづつピッチを上げていこうと思っております。

さて、10月に行います技術交流会に向けての調整もありますが、ここの所腐心してることが、あります。
いや、今に始まったことでもないのですが…
まずは「体力作り」です。

カラテに限らず、仕事や学業そしてふだんの生活、その全てにおいて「体力」は、必要不可欠だと実感しています。
ただ、だからと言って身に沿わない体力作りは、やはり、慎むべきだとも思いますが…その辺は、自身の有り様で決めて頂くことになりますね。

ただ、少なくとも試合大会に出る者達は、それに勝ち上がる為に必要不可欠な「体力」は作り上げて当然ではないかと思っております。

「自分の年齢性別と同身長、体重の者に負けない又は互角の体力は、作り上げて当然であり、それが出来れば、その先は必ず開ける」

「極論すれば、まずはそれがありさえすれば地方の試合で必ず良い成果を出せる」

そして、ここで言う体力とは「筋力、打たれ強さ、持久力」の三つを指します。
その大切さの順位は、自身の有り様で決めることとなるでしょう。

ただ生活していく上でも、やはり体力はなくてはならない。
ひとえに健康な心身とは、やはり体力の維持向上そして強化です。
ですから、ふだんから生活全般に注意を払うことが、肝要です。
たまには、好きなものを飲み食いすることも構わないでしょう。ですが、三十路を過ぎたら少しづつの節制自制が、なくてはなりませんね。

私の歳になると若い頃と同じように飲み食いする無防なことは、やるべきではないですね^_^

ふだんから粗食少食と栄養のバランスそして休息を心がけ万全な体制で、それこそ毎回の稽古が試合であるかのような意識の元で臨みます。

いくつになっても、必ず「成長」はするものです。そのためにもまず、土台となる「身体」を日々作り上げていく。
決して焦ることなく、ただ少なくとも、その歩みを止めずに精進を心がけたいと思っております。


これからのことを考え、そして、道場の展開の為に10月から新しいところでの展開が、始まります。少し不安でもあり又大きな楽しみでもあります。
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# by katsumi-okuda | 2015-09-07 14:41

本当に…

…久しぶりに蒼ざめた。

一カ月以上まともな鍛錬をしてこなかった、いや、出来なかった「つけ」が、やっぱりと言うか当然と言うか…。

木曜稽古、ケント指導員と付いになってミット稽古三昧、約小一時間。

気がついたら、スタミナが、底をついた。

結構、涼しくなった道場なのに、明らかに「熱中症」の症状が…。

なんとか、持ち直したモノの久しぶりに「本気でキケン」だと感じてしまった。

まぁ…皆には迷惑かもしれないが、道場で倒れられたら自分としては本望なのだが…


仕事も多忙なこの時期なのだが…

何より若い頃からの持病が…
元々、腎臓が、弱い。
加えて結石(両方の腎臓に15前後ある)と嚢胞を抱えている。
ダメな時は、始終「腰に鈍重な痛みと重さ」が…
ここ数ヶ月は、本当に…参った。

まず寝れない。
どっちを向こうが痛すぎて寝れない。

かと言って仕事や稽古を休む訳にもいかない。

そうこう悩んでいるうちに病院通いとなってしまい、検査々に明け暮れてしまった。

結果
すべての仕事や稽古が、等閑なここ数ヶ月となってしまった。

人前に立つ仕事ですから痛み止めの薬(大して効かないが…)を飲みながら、取り敢えず笑顔で(相当引きつった顔)対応はしておりました。

涼しくなったせいなのか、どうなのか知りませんが、どうにか少し治まりつつある今日日。

愚痴を言っても悩んでも結局何も変わらない。

ならば、ヤレるだけやることに致します。


さて、9月は福島の大会も控えておるのですが、受験生の一つの山場でもあるので、気を引きしめてまいります。

また10月24.25日に私ども道場主催で「技術交流会」を千葉県野田市でやらせて頂きます。
こちらの準備も、始めております。

そして、道場としては「新しい展開」を始めようと皆で考え行動に移し始めておりますので近いうちに皆さんにも、お伝えしたいと考えておりますので、今しばらくお待ちください^_^

…にしても、また「不眠」なんですが…


まぁ…いいかと思ってますが。
一応歳のせいにしておこうと思ってます。
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# by katsumi-okuda | 2015-08-29 08:15

見方、観点を変える

どの分野でも、あることなのか?

例えば、たまに耳にすることですが…宇宙物理学や数学の極に達する人達の多くに芸術や哲学に傾倒する人達が、います。

それ自体、決して悪いことでも何でもないのですね。そこからまた、様々な側面から色々な感性やら見方を発見出来たりするのですから学問が、一つであることの証しなのかもしれませんね。

私達、武道の世界でも同じことが言えなくもありません。古今、多くの先人たちは、武芸として嗜みとして芸事に専心していた事実があります。

ですが、それらは、あくまで嗜みであり本道の為という側面が、見受けられたことと思います。

ですが、武道は、ともすると精神性や神秘性に傾倒し過ぎるきらいが、あるように思われます。
それもまた、武道の一つの解釈であるのですから構わないとも言えるのですが…

何か釈然としない気分になるのは、何も私だけではないのではないかと思ったりしています。

私達の競技特性は、直接打撃制です。
相手と対峙し激しい打突から成り立つもの。
そうである以上、どんな高尚な理論も、その競技、試合上で証明されなければ、何やら片手落ちのような気分になるのは、致し方ないのではないかと毎度思ったりしております。

確かに武道とは、特に現代のそれは、様々な側面を有していますから、その意味において、多くの考察なり思考なりは、あるべきだと理解はしています。
ですが、それはそれです。
あくまで、武道の側面でしかないことを私達は、理解しなければならない。

軽く突いた突きで相手が倒れたり⁇筋力がなくても、屈強な相手に勝てる⁇などとのたもうのは、さて、如何なものか…。

まして、どうしたことか、そう言うことを言う者に限って、過去、散々激しいトレーニングに明け暮れた選手上がりの人達には多く見受けられるのは、なんだか不可解な気分にさせられてしまう。

武道の側面としての身体操作が、私達のような中高年の健康の為に有効であることは事実です。
また、その身体操作に磨きをかけ競技に活かすことが、出来るよう鍛錬を重ね研鑽することもまた為すべき大事なことです。

ただ間違えて欲しくないことは、それらを同じ秤にかけて論ずることの危うさを知らなければなりません。
もしも、試合上でも、同じように使えるというのなら、それを論ずる人達は、少なからず私達の競技に参加し証明されなければならない。

空手は、一つに「哲学的」だとも私は解釈しております。
しかしそれは、あくまで私の独りよがりです。
それを皆に押し付けようとは決して思わない。
モノの見方、感じ方は、人それぞれ。
いろんな見方や稽古のやり方が、あって当然。

自分達が、こうだからと言って他者にその価値観なりを押し付けることは、諌めねばならない。

私達は私達なりの解釈とそして価値観をもってこの武道を武道たらしめようとしているに過ぎないのですから。
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# by katsumi-okuda | 2015-08-04 20:13

形を変えて…

度を越した「蒸し暑さ」ですね。

ですが…ウチ仕事の私は、暑さと涼しさの行ったり来たり…体調を崩すのに最適⁇


それでも、色々に考えております。

特に道場のこと。
子供達や会員さんたちのこと。
個別指導に関わっている受験生のこと。

そして…これからのこと。

確かに私の本業は「指導」です。

ですが、そのあり方はそれこそ時代と共に変わってきています。
その方法についても、何かと考えております。

例えば、私は元々「歴史&社会」を教えるのが本業の一つなのですが、少し発展させて「一般教養」のような形で広く多くの人達に発信することが、出来ないか考えております。


武道を志す者として、やはり日本人とは、そのモノの考え方感じ方とは何かを歴史の様々な側面から見つめたいと思っております。

但しあくまで私の私見をふまえた講義となりますので、その辺りは…よろしくお願いします^_^


「歴史とは、その時の勝者によって語り継がれること。敗者の業績は往々にして貶められることがある。そのことをふまえ、そして、当時の人達のモノの考え方感じ方が、どうであったか?思いを巡らさねば、本当のことは見えてこない。」

自国の歴史」文化を知らない者は、海外の人達には信用されない。

自国の歴史文化に誇りを持たないモノは、信頼さえされない。

それを特に若い人達に伝えたい。
いや、いい年した私達も、考えなければならないと思う。
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# by katsumi-okuda | 2015-08-01 12:23

そこに至る過程

…何やら唐突に暑くなったように思えるが…
どうやら気のせいでもなさそうです。

道場は、どうしたことか、少年部の時間帯が、最も暑いです。
でも、暑いなりにみんな元気ですから、いいのですが…大人、一般部の皆さん特に表仕事されておられる方々は、本当にご苦労様です体調を崩さぬようにとしか言えません。

夏場からが、受験進学が、spurt。

基本をしっかりと捉えつつ「応用」の段階に入ってきます。

…応用に入るとは…

例えば、数学が苦手だった私は、計算だけは基本だけはと思い、それなりに懸命にやりました。
ですが、ある時フト気がついたのです。
「自分には数学的なSenseが、ない。応用題を見ても閃きがない。」と。

計算も基本的な文章題は何とかなっても、あと一つ「高台」に登れない。
どうしたら、あそこへいけるのか⁈
このままのやり方で、本当に「あそこ」へ上ることが出来るのだろうか?

若い頃は、それなりに悶々と苦悩したものです。


そして、少しは世の生業が、解るようになり、少し、その「回答」近づけたかなと思ったりしています。

なんでも、そうなんです。

勉強で応用が出来るようになる過程も、カラテで型や基本稽古から組手で勝てるようになるための過程も…

簡単に言えば、次のようになります。
まず「基本、基礎の徹底」は必須ですね。
ここを嫌がっていて先なんぞあるわけありません。暗記、基礎学力の向上、それはそのまま私たちの世界でも同様です。
同年代同体重、身長なら絶対に遅れをとらないだけの体力をつけること。そして、絶えず維持強化することの出来る強い意志があること。

次に出来る限り「本番」に近づけること。
ただ漫然と問題をやっていたり、何も考えない感じない組手の稽古なんぞ怪我の元。

ただ、基礎体力も経験値も浅い(応用題の数が足りない等)のに、イキナリ全国レベルのことをやらせても、それもまた何もならないばかりか、挫折の原因を作ってるようなもの。
だから、その「経験値」の上げ方が、大切になってくる。経験値もないのに大きな相手を倒せないのは、何もゲームの世界ばかりじゃないですね。

「高見、高台」は、あくまで「大目標」。
そこにイキナリ手が届かないのなら、まず届く過程を模索するか設定し、そこを一つ一つクリアすればいいのではないかと…
その設定なりが、大きく間違っていなければ早晩、次の目標つまり一つ「高台」に近づけることは、どの世界でも実証されています。
あとは…自分次第^_^


カラテの基本や型と組手が、かけ離れてる現在。
競技としてのカラテに主眼が置かれている今。
私たちは、これまでの稽古のあり方や捉え方を一から見直す時に実はきているのでしょう。
そして、そのことに実感として「みんな」気がついているのでは、ないでしょうか⁈

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# by katsumi-okuda | 2015-07-15 21:19

質と量の稽古…彼是。

中々、暑いです。

今年は、やっと暑くなった感じがするのは私だけでしょうか?
でも、今週末、台風なんですが…合宿期間中ですから外れて欲しいですね。

さて、毎年、この時節の稽古が、年後半の要だと思っております。

夏前後に鍛えたかどうかで、あとの過ごし方が変わるように思っております。
皆さんも、大変でしょうが、積極的な健康法をとってみてください。

さて、私の道場…というか私の指導法は、その時々の道場生の様子で変えていきます。

特に一般や壮年にあたる人たちには、経験値が不足することを嫌い組手と鍛錬そして型の稽古に終始してもらっております。

ある程度、上級者であれば基本や移動は型の中などに集約するよう努めます。
一つには皆さん忙しく、稽古にゆっくり時間がかけられないという事情もありますが…。

私たちのカラテのmottoは、とりもなおさず「組手」にあります。
組手は、相手あってのことですから「実践の感覚」が大事になります。

いくら強く上手くても、やらなければその感覚は、狂ってくる欠損するものだと感じています。

いつまでも、組手の感覚を大事にしたければ、その中に身を置かなければならないものです。

そしてまた、年長者や上級者であれば、実践での心身の有り様を形式化された動きの中で見つめ直すことも忘れてはならないと感じております。

無理や無駄な動きをなくし、適切なそして自分なりな動き方を探し出すために私たちは、せっかくある型から探求、研鑽することですね。

また、自分の身の丈にあった「鍛錬」もそれらを踏まえやらなければなりませんね。
いくら能書きたれても、強く上手くなくては説得力ありませんものね^_^

ですので私は誰のためでもなく(当然です^_^)明日の自分のためにやるだけです。
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# by katsumi-okuda | 2015-07-13 19:28