武道カラテ稽古日記

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ひとしきり…忙中閑

まだ春浅く、花冷えの地元流山にて今年も、大会をやらせて頂きました。
さまざまな制約が、ありましたが、なんとか皆様のお陰をもちまして無事滞りなく終えることが出来、何時もながら、本当に皆様には、感謝の言葉しかありません。

遠方からご多忙な中、お越し頂きました長谷川範士始め各県師範、先生方。選手のみなさんと付き添いに来られました先生、ご父兄の皆様。
本当にありがとうございました。

また大会運営にご協力頂きました道場関係者と少年部ご父兄の皆様、本当にご苦労様でした。

つくづく、皆様のお力添いあればこそと思うばかりです…。

今年は、いつにもまして年明けから私用(引っ越し)と仕事が重なり、多忙を極めました。
そのせいか、大会運営に関し、より細かくやらなければならないと実感もしました。

実は、年明けから風邪を長引かせ大会前持病の「喘息」を再発させてしまい、少し焦っておりましたが…なんとか持ちこたえました。
なので…まだ本調子には、ほど遠い有様(;^_^A

ですが、子供達の頑張りや道場関係者の皆さんに本当に支えられながら、やれたのが実感でした。

大会当日、いくつか嬉しいことがありました。
以前、道場関係者だった女性が、お子さんを連れ訪ねてくれました。その女性は、現在アフリカ、ダカールに住まわれ現地の方と結ばれ仕事もこなしておられる人です。

久しぶりに会ってもなんら変わらない。
道場の女性部の方々と語らっている姿を見て、そして、ホントに可愛いお子さんを見て、とても嬉しく、遠方から訪ねてくれたこと、有難かったですね。
ちなみに今年から大学生となるウチの娘も、大会運営の何がしかの手伝いをさせるため同行させました。何も知らないのですが、皆さんのやられてることを見て、とても勉強になったと言ってましたので…これからも、皆さんよろしくお願いします(;^_^A…

そして、大会の最中、少し見ることが出来た少年部の頑張りに歳のせいか、いつになく感極まるものがありました。

それも、最年少、最軽量で背も高くない子達
今回が初めての「試合」をする子供たちや女の子たちの頑張りや後輩たちのために走り回る先輩少年部と高校生たち。
みんな、とても素晴らしかった!

一切相手に臆することなく戦いきってくれたその姿に様々なことを考えさせてもらいました。(細かい試合内容に関しては、個々に伝えておりますので…)

またこれから、そんなみんなに感謝する意味も込め、新たな年度に入っていきます!
少なからず期待してもらえる道場にしていくことが、先ずは先決!
新しい教室も新しい仲間も、増えています。
このままの勢いを保ち、少しづつ前に進んでまいります!
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# by katsumi-okuda | 2016-04-05 19:04

見えないところの稽古

怒濤の引っ越しからはや一週間…
未だダンボールが!部屋の其処此処に…

加えてその前からひいていたらしい「風邪」が、本格化し、ここ一週間仕事にならなかった(ーー;)

本部道場からの帰り道、まだ今までの癖で、いつもの道順をなぞってしまい(ーー;)
あまりのことに呆れてます。

でも、そんなことも言ってられません。
大会まであと一ヶ月!
途端に気忙しくなるものの、まだ確定してないことだられで、先が思いやられます(ーー;)

今、稽古でよく話することがあります。
「運動のほとんどが、見えないところをどれだけ出来るようにするかなんです。例えば、ボールを投げる時、ボールを持つ手を見て投げる人はいない。相手を突く時、突く拳を見てる者はいない。」
全ては、自分の身体の動きなどを頭の中でイメージして動かしているのです。
ですから、私たちの世界でも「型の稽古は、鏡を見ないでやれ」と言われたのも、頷けます。

先生や先輩の動きを見て「真似る」。
真剣に「真似る」ことが「学び」になることは、世のすべての習いだと思います。

ただ時に確認の為に「鏡を見る」こともありますが、そればかりではダメだということですね。

特に型の稽古や試合などは、自分で見れないのが、当たり前なのですから、普段から頭の中でイメージすることは、大切なことです。

子供達は、無論、大人も頭の中を整理するためにも、それは大切なことだと特にこの頃実感しておりますので、皆さんも、様々なことで意識されることをお勧め致します。
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# by katsumi-okuda | 2016-02-25 13:19

それぞれの意味…

…どうにか引越しが、終わりました。
といっても、まだまだダンボール戦記の最中(ーー;)流石に引越し屋さんは、プロです、怒涛のごとくあっという間に搬出、搬入(ちなみにウチは他の家の間取りから想像するより荷物が多く(その大半が書籍…)結果、新居と二往復することに。

まだ片付けられないでいますが、仕事は、待ってくれません。ただ嬉しい報せも入ってきてます!高校受験の道場生たちが、それぞれに合格の知らせを…ホントに良かったと思います。
これからますます学業そして稽古に頑張ってもらいたいと願うばかりです。

さて、新学年を控え話題にのぼることが、あります。それは「学校と塾予備校の役割の違い」それと「学校部活と道場の役割の違い」です。

学校では、学校でしか体験できないことを学びます。また塾予備校では、進学受験の為のスキルを磨くためという目的があり、双方とも、それぞれの目的が、あるものです。

同じように学校の部活とまた私達のような市井の道場でも、その役割は、時として異なります。
学校では学校という集団団体の元に同じ年代の者達と正しい団結力や協調性、競争心を養うことが、出来ます。

道場では、それぞれに異なる年代の道場生達の中で一つの社会としての成り立ち方や接し方を肌で学ぶことが、出来ます。
また、私達の競技特性から「一人で対応する」ことを稽古や試合そして大きな「大会」で学びます。自分と親以上に年の離れた道場生達が、自分の試合のためにサポートしてくれる。そのことに大きな感謝をもって事に当たることを学ぶ。
また、そのために自分の両親のサポートも、いつも以上に感じられるものです。

親や周りの大人達の姿を間近で見られるのが、道場での一つのあり方だと思っています。

親や周りの大人が、サポートで汗している背中から無言の教育と限りない慈愛を道場生達は、肌で実感することが出来る唯一の「場」だと私は、考えております。

ですから大会や試合で頑張った子供達に勝っても負けても、良く頑張ったと心から褒め称えられる唯一の存在は、親御さん以外にいない。
そして、それらから真の「思い遣り」を学べるものだと実感しております。

さまざまな「体験」…学校での部活や学業。
そして、道場での日々の稽古と試合。

大変でないわけが、ない。

ただ、それを正しく理解し自身を管理し、全てを自分のものにしていける度量を子供達は、持っているものなのです。

多くの道場生の中で、学業と道場の両方で頑張った者達の多くは、遠からず大きく成長している事実が、あちこちの道場から聴こえてくる。

後押しをしてあげられるのは、やはり親御さん以外にいないのです。
新しい学年になり、そのことを先ず皆さんで考えていきたいと願うばかりです。
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# by katsumi-okuda | 2016-02-18 14:22

すべてが糧に

今年も、私どもの大会が近づいて参りました。

そして、初めて大会試合に臨む子供達も、多くいます。初めてのことであり、何がどうなるのか、全くわからないことだらけだと思います。

というより幼い子供達は、大会試合が、どういうものか、まだわからないと思います。
ですから、余計な緊張感や不安感は、今はまだあまりないと思います。

何が何だかわからないうちに多分、終わることでしょう。

大勢の人たちが、いる中で試合をする。

初めて会った相手と闘う。

相手の打突に戸惑いながら、負けたくないという本能と負けてしまうのではないかという不安が、小さな心の中を行き来する。

痛さと疲れの中で、それは、あっという間に終わる。

そのあとに残るのは、歓喜でしょうか。
それとも悔恨と悔しさの涙でしょうか。

試合そのものは、本当にあっという間に終わってしまうものです。

たった一人で物事に立ち向かう。
幼い子供達にとってこれからの貴重な経験となることでしょう。
楽しいことをやるのなら、ほっといても誰でもやるでしょう。ですが、つらく厳しいことには、中々一歩が踏み出せないものです。ましてや、子供達なら尚のことだと思います。
そんな中、子供達の背中を押し支えてあげられるのが親であり周りの大人たちです。

厳しく辛いことに耐えてきたなら、それだけで褒め称えてあげましょう。

そして、この厳しく辛いことに何故向かわなければならないか教え伝えて参りたいと思います。

いつも、様々な大会を見ていてそう強く思います。初めから強い選手は、そういません。
負けて悔しい。
だから、もっと稽古して次に頑張るんだと強く思い日々の稽古そして生活に挑める人たちこそが、本当に「強い人たち」になれると私は確信しています。
そんな選手皆さんが、納得して頂ける試合そして大会をやらなければならないと今は、ヒシヒシと感じております。
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# by katsumi-okuda | 2016-01-31 22:58

言葉のチカラ

私は子供の頃、今からは想像もつかないほど病弱でした。小学校は半分も通ってないほどでした。

加えて末っ子で母親が過保護だったせいもあり、運動らしい運動、子供らしい遊びをあまりやりませんでした。

ですから、中学に上がるまで当然運動と名のつくものは、あまり出来ませんでした。

ただ、性格なのか何なのか自分の中で出来ないとかやれないとは、一度も思ったことがありませんでした。単にやり慣れてないから出来ないだけだから、いずれ出来るようになると何故か変な確信が、ありました。

病弱だったせいもあり、必然的に家の中で過ごすことが多くなり、一人漫画を読んだり描くことが、多くなっていました。
そして、そのことを私の両親はなにも咎めるどころか、いつも賞賛してくれました。
親なのだから当然なんでしょうけど、そんな両親や兄弟の温かい応援を受け、一頃、本気で絵で身を耐えようかと思っていた時期もありました。


人は、どんな形にせよ長所と短所を持ち合わせています。
ただ、それを幼い時、周りから長所を伸ばすよう仕向けられたとしたら、必ず良い結果を生むものだと私は、思っております。

私たちの世界に限らず、勉強、運動そして競技において、例えば、身体的な優位さは、当然あるものです。

ですが、その身体的な優位さをも跳ね除けてしまう程のチカラが、私たちには、あると思っています。それは、想うチカラです。

そして、それは、幼い時、周りの大人特に両親からの応援が、とても大きいと思います。
親は、子供の最大の理解者であり最高の応援団なのです。
子供達は、特に感受性が高い。
ですから、子供に対し決して否定的な言葉は、使うべきではないと思っております。

例えば、身体が、小さい大きいことを否定的に言うことは、決してするべきではない。

例えば、身体の大きな子は、往々にしてとても優しい。身体の小さな子は、負けん気が、強い。
一つのことに没頭出来る子は、好きなことへの集中力が、とても高い。

運動神経が、ない(そもそも運動神経なんてないですが…)なんて、言うべきではありませんね。
単にやってないだけだし、そのことに慣れてないだけ。他の人たちより時間がかかったって、絶対出来るようになる事をまず教え、そして、一緒にやるべきなのです。

器用にすぐ出来てしまう子は、時として、飽き易い。なかなか出来ない子は、その分時間をかけてやり込むことが、時としてあります。

私は、いつも言います。
どんな些細なことでも、慣れて気を抜くヤツに成功した試しがない。
不器用でも、どんなことでも一生懸命やり続けるヤツには、絶対かなわないと。

だから、いつも、一生懸命取り組んでいる子を賞賛します。どんなに強くて巧かろうと気を抜く者は、誰彼なく厳しく叱責します。

言葉のチカラは、とても大きい。

自信を無くしかけ自分の劣等感に暗示をかけられている子供達には、その呪縛が、解けるまで、良い暗示が、そして、かかるまで私たち大人は、言葉をかけ続けなければならない。
私は、強くそう思う。

少なくとも否定的な言葉は、使わない。
いや、決して使ってはならない。

どーせ無理とか、やっても無駄だとか…

どこの誰が、そんな事を決めた⁇

やるのは自分でしかない。
やってもいない他人に言われたかない。

私はいつの頃からか、いや、両親のお蔭で否定的な言葉や考え方を持たないようになったのではないだろうかと今にして思っております。

子供達の未来は、無限です。

そして、それを推し進めてあげられるのは、他ならぬご両親であり、そばにいる私たち大人なのです。
ですから、私たち大人も、その手本としてどんなことでも立ち向かう背中を見せなければなりませんね…たとえやせ我慢でも^_^
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# by katsumi-okuda | 2016-01-23 21:34

挑むということ、続けるということ

春になると何かと慌ただしくなるのは、何も私だけではない。

道場生の中でも、ご父兄の転勤や進学などで道場を後にするものが、少なくない。
と同時に新しい道場生も、増えているが…。

ただ中には、何の理由か、わからない退会もある。特に大会などが、近づくと…。

大会や試合に出たくない。
ただそれだけの理由で来なくなったり、やめてしまうのは、どうなんだろうかと思う。

私たちの武道に限らず特に子供達の習い事は、まずある一定期間「続けること」そして、機会あれば「挑むこと」にあると考えている。

子供達は、何かあれば、興味を無くし、すぐに辞めようとする。そんな意見を尊重(?)してすぐに辞めてしまうことに同意するのは、如何なものかと、いつも思う。

道場にせよ習い事にせよ、また学校の部活にせよ、何故あるのか、今一度考えて頂きたいと願うばかりだ。

どんなことでも、楽しいことばかり嬉しいことばかりではない。時に辛く厳しいことの方が、世の中は、多いと感ずるものである。

そんな時、続けることや挑むことで得られた貴重な体験を元に人は、立ち向かい立ち上がることが出来ると私達は、経験則で知っている。

そしてそのことを年若いうちに知ることは、とても貴重なことだと私たちは、知っている。
でなければ、学校の部活も私達の武道や世に言う習い事は、全く用のないものになってしまうのではなかろうか?

少なくとも、例えば、一定期間始めたことは、やり通すことを身をもって知ってもらいたい。

これからのより良い道を歩む為に…。

…たった一人で試合場に立つ。

その緊張感、不安、焦燥…そして期待。

それらを全て自身の手でコントロールする途轍もなく難解な事に「挑む」

勝ち負けは別にしても、そこで得られた経験は、やはり、団体競技とはまた違う重さが、ある。

経験したことでしか人は、語れない。

経験したからこそ次が、見えてくる。

年若い道場生たち、

私の後の10年と君たちの後の10年は、違う。

今こそ、様々な経験を自ら歩んでもらいたい。
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# by katsumi-okuda | 2016-01-14 15:16

謹賀新年…明けましておめでとうございます。

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本年も、昨年同様よろしくお願い申し上げます!

今年は、私事ながら…
2月に引越しします(妻の実家で新たに二世帯同居)ので、今から気忙しいです。

今日から3月26日の千葉県大会に向けて本格的な準備にも、取り掛かります!

同じく2月は、関東大会と審査会。
続く3月26日には、私ども「千葉県大会」
4月以降も、大会は続きます。
加えて秋には「世界大会」

何やら今年は…

兎も角、皆様にとって何よりより良い年でありますようお祈りし、私も、益々の修養精進をさせて頂きますので…(^∇^)

さて、今日から仕事始め…
いや「稽古初め」です‼︎


# by katsumi-okuda | 2016-01-04 12:02

今年もあと少し

日曜、師範代の車で同乗し水戸ひたちなかまで出向きました。水戸の道場の皆さんとの合同稽古と審査を行うために。

今年は、まだ温かい日差しの中那珂湊の市場周辺は渋滞(´・_・`)
少し遅れて集合場所の「ひたちなか市役所武道館」に到着。本部からイブが、参加してくれた(彼女も同伴^_^…稽古後、デートだそうで、何より(^-^)

夏の合宿で使っている場所ですが、やはり日陰のせいか道場内は、足元から寒さが忍び寄ってくるが、稽古を始めるとそれも気にならなくなった。

審査は、私たちと同年の方と磯前さんが指導してる教室から中学生。
ふだんどれだけやられているか、その真摯な稽古姿勢から伝わってくるものがある。

ふだんなかなか伝えられない事をお話しさせて頂きましたが、急ぎ足になってしまい申し訳なかったですね。

約二時間の稽古後、取って返して本部まで戻り、そこから私は、八木南の子供達の審査と稽古に臨みました。

いつも通りケント指導員の号令の下、稽古は始まっておりました。
少ないながらも、皆、真摯に稽古に臨んでくれていましたね。一年の稽古納めの意味合いもありましたが、皆大変良く出来ていました。

あと一週間で全ての稽古納めとなります。

審査や稽古中にも、話している事を書いておきますので、これからの指針の一つにしてください。

例えば、本屋さんに行って数学の参考書を探したとします。すると沢山の参考書が、あります。
なぜでしょうね?
本当に最高の指導書が、あるのならこの世に一冊しか存在しないはずですね。
ですが、そうはいきませんね。

教え方や学び方は、それこそ人の数だけあります。同じ事を学ぶにしても、自分に適したものを探さなければなりません。
そして、それを自分に合わせられるよう勉強を重ねていかなければなりませんね。

これは何も勉強に限った事ではありません。
そして、それを自分のモノにする為に「必要なモノ」がある事を忘れてはなりません。

それは、「基礎学力」であり「基礎体力」なのです。折角、自分に適した数学の参考書や指導を受けたとしても「基礎学力」が、なければ、本当にモノにする事は難しいと言えましょう。
つまり、計算や語句をしっかり身につけてなければ、それらを応用する事は、難しい、例え出来たとしても、出来るまでに時間がかかったり、回り道をしたりすることになりますね。

私たちのカラテも、同じです。
「技は力の中にあり」とは、創始者の言葉です。
まずは、相手に負けないだけの基礎体力なくして技も何もありませんね。

自身に沿った体力の維持強化は、忘れるべきではありません。確かに体力がなくても、勝てる選手も、いないではありません。ですが、それが万人に適していることかと言えば、そうではないはずです。

勉強法にしても、同じ勉強法のように見えて決して皆同じではないのですね。
その人が、抱えている条件や資質によってやり方は、大きく異なるのが、普通です。

ですから私は、優れたやり方(勉強法やトレーニング法)を学ぶ事はしますが、そのままでは決してやりません。いや、出来ないです^_^…
そのやり方を自分に適したカタチにして応用することにしています。
無論、人に教えるのなら、尚更ですね。

技に走るという言葉が、武道には戒めとしてあります。鍛錬を重ね精進することを諭した金言なのですが、どんな事でも、やはり「王道」はあるものです…日々の積み重ねという「王道」が。


同じ年代、身長、体重の相手に負けないだけの基礎体力(筋力、スタミナ、打たれ強さ)なくして、やはり先は語れません。

それらを身につけ、と同時に「自負心」と「強い意志」を身に纏うこと。
そしてまた、日々の生活や稽古の中で纏わりつく「情念」までも自身の「チカラ」に変えていかねばならないのです。

みんなが、遊んでる時になんで自分だけこんなことを…と悩んだり苛まれたりするキモチさえも自分のチカラに変えていくことが大事なのです。
難しいことかも、しれませんが、気持ちを強くしていくとか、相手に絶対負けない、今までの自分に負けないという思いは、そんな、ふだんの思いから成り立っていることを忘れてはなりません。

私は、弱い人間です。
弱いから稽古や鍛錬に没頭しているのです。
歳を重ねる強さと弱さを知り、余計に稽古の質を高めたいと願い、道場生な皆さんと共に稽古しているに過ぎないのです。

基本や型の中から自身の体の使い方を学び、この齢に適したカタチを日々模索する。
その為に「鍛錬」は、欠かせるはずもないのです。出来ることは、徐々に限られていくでしょうが、それでも、私は日々の生活そして稽古に臨みたいと思っております。

人一倍、例えば、腕が強かったら、突きが強かったら…例えば、蹴りが強かったら…途轍もなくスタミナがあったら…打たれ強かったら…

そう夢想し、それを本当に自身の目標にし実行してみたら…その過程において、少しは今の強さと違う何かを感ずるかもしれませんね。

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# by katsumi-okuda | 2015-12-21 15:27

全日本ジュニアチャンピオンシップ…名古屋にて

29日、日曜、名古屋にて「全日本ジュニアチャンピオンシップ」が開催された。

当日、朝一で名古屋入りし午前中から夕方まで各階級の熱戦が繰り広げられた。

私も審判として勤めさせて頂いたが、毎度この大会には、驚かされる事ばかり。

各コートで一回戦が、行われたがどの選手達も皆、各大会の上位入賞者ばかり、つまり、一回戦から各大会の決勝戦の様相。

殆ど優劣のつきにくい好勝負が、繰り広げられる。その中で勝ちをものにしていくことの難しさたるや…。

私たち審判も、いつも以上に真剣な判定を心がけていたことは、言うまでもない。

ただ、実力が拮抗しているだけに「接近戦」や「縺れ合い」も多く見受けられた。
この大会、上位同士ということもあり「ヘッドギア」の装着は任意。その殆どが、つけていない。
ために「頭が当たる」「バッティング」が…。
また、相手を押し込もうとして突きが、首元に当たることが、多くなる。

そのこと自体、仕方ないことなのだが、それら「反則」を殊更「アピール」するしぐさや表情をする選手が、見受けられた。

勝ちたい意識が、強くなり過ぎるとどうしても、技量以外のことでも、気を回してしまう者が、いたのは、あまりいただけない。

折角、これだけの技量を持っているのだから、もう少し戦い方なり勝ち方なりを工夫することが、大事ではないかと感じてしまったのも事実。

それでも、その技量の高さと意識の高さは並ではない。どうすれば、あそこまで出来るようになるものなのかと考えてしまう。
ただ単に本人達の持って生まれた資質なのか、それとも多くの経験が生むものなのか…

どちらにしても、一度このような大会を子供達みんなに見てもらいたい。
いや、出来ることなら選手としてこの大舞台の上で活躍してもらいたいと切に思った。

やるからには「高見」を目指し、たとえ困難な頂きであろうが、目指してもらいたい。
そのことが、必ず本人達の貴重な経験となり、その人となりを作り上げる。

一口には言えないが、体力も技量も同じなら、あとは「意識」「気力」そして、日々の辛い稽古と日常を積み重ねてきた「情念」の高さなのかもしれない。

どちらにしても、毎回考えさせられる大会であることに違いはない。

このような大きな大会を運営された長谷川道場の皆様には本当にご苦労様でしたと申し上げます。また、このような機会を与えて頂いたこと本当にありがとうございました。

次の日、昇段審査会が、あったのですが…
私も同席したかったのですが、私用にてどうしても出席することが、叶わず、この場を持ってお詫び申し上げます。



# by katsumi-okuda | 2015-12-01 16:52

橋本道場昇段審査会

11月23日、祝日の日午後から橋本道場での昇段審査会に立ち会わせて頂いた。

私の所から小一時間、車を走らせ岩槻文化公園内
少し寒くなってきたそぼ降る秋雨の中、会場に着く。
体育館の二階に上がると殆どの道場生と門馬師範、橋本先生らがおられた。

午後2時過ぎから昇段審査会が、始まった。

事前に基本などは、終えていたため型と補強そして、10人連続組手と粛々とすすめられた。

流石にこの日を迎える為に二人の受審者は、身体も作ってきたようだが、やはり、緊張は隠せない。私をはじめ師範、先生らの眼の前でやるのだから仕方がないが…。

組手の相手として私の道場から七人門馬道場から四人釘島道場から四人その他も多勢集まっていたため、それだけでも緊張感は…。

受審者のお二人とも、その姿勢からとても真摯で真面目さを感じられた。
それだけに、これからが勝負ではないだろうかと感じてならなかった。

審査を通れば、それでいいというものではない。

道場生、すべての手本となるべく自身の稽古は無論のこと、後進の指導、生活全般に於いて心していかねばならない。

審査を終え、ホッとしていいのは、正直その日だけだと私は思っています。

これからお二人には、益々の精進を重ねて頂きたいと願います。

その後、橋本先生のお招きで瀟洒なレストランでの食事会。いつもながら楽しいひと時でしたね。

機会を設け、また皆さんと共に稽古をしたいと思います^_^
…ちなみにウチの道場生達も、ケント指導員以外いつも通りの組手とはならなかった…
これもまた皆にとって良い経験だったようです。

ここの所、何かと思う所や、やる事が多く…
ともかく来年の千葉県大会に向け、先ずは進めなければなりません。
私も、益々精進せねばなりませぬ。
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# by katsumi-okuda | 2015-11-23 21:55