武道カラテ稽古日記

ブログトップ | ログイン

<   2017年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 どんなスポーツでも

 どんなスポーツでも、当たり前ではあるが…
まず「基礎体力」がなければならない。

もちろん競技としてのパフォーマンスを上げるため、そして、不要な怪我を負わない為。

 一昔前なら「充分な基礎体力さえあれば、県大会レベルは、戦える」と言われてきたが、今は、当然のようにそれだけで上位に食い込むことは、ままならない。

 充分な基礎体力と練度の高い技術力と経験値。
そして、本番で試合に直面した時の冷静な対処力。
それを包括して余りある「精神力」

 それを難なくこなしている子供達や若い世代を目の当たりにすると頼もしくも驚きもする。

何にせよ、ふだんの稽古や生活全般で、どのようにそれらを培っていくけるか、そして、導いていけるか…。
どんなことからも、真摯に学ぶこと。
どんなことでも、しっかりと考え行えること。
そして、それらが、最も難しい。

何も考えず漫然と過ごしていれば、どんなに見た目頑張っているようでも、その効果は少ない。


by katsumi-okuda | 2017-09-26 17:06 | 稽古日誌

 モノのみかた

 モノの見方というものは、見る側の視点で真逆にもなることは、往々にしてあります。

 私は、主に文系を教えていますが(個別の受験相談なども、やってますが、道場関係者の皆さんは、内々に御連絡頂ければ、いつでも対応させて頂きます。取り敢えず無料です(^^) 趣味で「歴史学」をやっております。

 歴史なんて覚えるだけの教科で何の役に立つの⁇なんてよく聞かれるのですが、なかなか奥の深い学問でもあります(^^)

 今では、ネットやらで歴史に関する多くの情報を手にすることが出来ます。
⁇のつくものから新しい発見なりがあり、私としては、今の時代、何かと喜ばしい限りです。

さて、歴史の世界は大抵が「勝者が書き連ねる」ことが、大体です。負けた者の正義や理は、なかなか表に出ないのが、常となります。

そこで、負けた者の歴史や当時のモノの考え方、常識から検分していくと新たな発見なりが見えてくることが、あります。
 そして、そこから今に生きる私達が、学ばなければならないことが、散見されることが多くあるのです。

時に勝ちに奢り、次の考え方を大きく間違えてしまうことも歴史に学べます。
負けたからこそ、次に活かし大きく飛躍していくことを私達は、このような先人たちの歴史から学ぶことを忘れてはならないと思います。

 単に昔は、よかったとか、昔のようになどど単絡的なことを示しているのではありません。

例えば、戦国時代や帝国主義の時代なら常識とされたことの多くは、当然今の時代にそぐわない。
(私達が若い頃の道場稽古でさえ、今に持ち込める気がしませんもの(^^)

ただ、当時の時勢を客観的に見て今に置き換え考察し活かしていくことが、今の時代特に大事なのではないでしょうか?

折角、先人が残してくれた歴史。
それを活かさない手はないのでは…。

ただマニアックな話は、私と同類の娘とかとしか話せないですが…二人の会話は…今の時代の人たちの話ではないので、人前では、しないほうがいいと妻に諭されます(-_-;)
a0026020_20383246.jpg


 


by katsumi-okuda | 2017-09-15 20:14 | 教育

 続けるということ

 何かをはじめることに遅すぎるということはない。難しいのは、それを続けること。

例え失敗しても、諦めずに続ける限り「負け」はない。勝ちにつながる自身の確かな成長が、そこに生まれ、それこそが真の強さになる。
 古今の話は、いつでも真理をついているものです。

 よくある話ですが、昔やっていた(昔、黒帯をとった輩)だけで、今は稽古一つしていないのに大会や試合などで偉そうに選手に講釈を垂れてる勘違い者が、いる。いい迷惑以外の何者でもない。常識を弁えているなら選手たちの健闘を称え勇気づける言葉を一言添えるだけでいいものを…。

 だから、私の道場で一番称えられることは、稽古を続けていることにつきる。
それ以外は、論外である。
例え他のトレーニングをやっていようとも。
稽古に欠かさず参加しどんなに不恰好でも、稽古をし続けている者こそ本当の「先輩」であり「指導者」となりえる。
だから私は、どんなに不恰好でも稽古はやめない。本当に動けなくなったら後進に受け継がせることを厭わない。

 
a0026020_21002790.jpg


by katsumi-okuda | 2017-09-12 20:43 | 稽古日誌

秋の景色に…

 すっかりと秋の景色になりすましているかのように、ここ数日涼しい。
いや、涼し過ぎるかもしれない^_^

 七月後半からのあの猛暑は、一体何だったのでしょう?

確かにこの身には、楽なことにこしたことは、ありません。あちこち痛いのは、あいも変わらずなのですが、少しは、氣分として楽…。

 さて、残りの年も既にあと後半…(-_-;)

生理学的にも、歳を重ねた私たちのほうが、子供達より月日の流れを早く感じてしまうのは、理解もしているのですが…にしても、本当に早く感じられ、一抹の寂しさを感じてしまいますね。

 仕事柄、人に尋ねられることがあります。
「緊張しないようになりたい。」と

大抵の人は、何かに直面したり、これから予想される出来事に対して少なからず「緊張」します。その緊張を無くすことは、果たして可能なのでしょうか?

私達武道の世界でこれらの応えとして
「平常心を養う」「心を修養鍛錬し、それに備える」としています。

しかし、果たして本当でしょうか?

平常心…とは、常に平な心持ちということ。
例えば、試合や試験の時、場所も相手も、まして自分の気分も、ともかく何もかも全く違う状況なのに、はて「普通と同じでいろ!平常心を保て」と言われても…(-_-;)

普通にムリだと思いますね。
私は…出来ません。

なのでフリをします。
騙します。
自分自身を(^ - ^

落ち着いてるフリ。
自信満々なフリをします。

相手を怖いと思う当然の心持ちに向き合います。その上で何をしていくか客観的に思考していきます。その際にフリでも構わないので「あきらめない」そして「ナゾの自信満々なココロ」を抱く…
 ただし、それに見合うだけの「稽古」「鍛錬」そして「勉強」をおさめていること。

私は、試合や審査などでは、もちろん緊張もしますので、騙し騙し臨むことが多かったのですが…
ただ「この技は、出そう」とか「この受け返しだけは、やろう」といつも思っていましたね。
 そのことに専念しているウチに緊張していることを当然のように思え、気分的に気にならなくなりました。

この歳でもまだまだ緊張するシーンなんてごまんとあるのですから、それこそ緊張するのが、当たり前だと思って、それに真正面から対峙することが、まず大事ですね。
a0026020_08173276.png


by katsumi-okuda | 2017-09-03 08:18 | 稽古日誌