武道カラテ稽古日記

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カテゴリ:読物・語り部( 23 )

ひとりの背中

 その人は、真っ直ぐに立っていた。

小柄な身体は、そのとき大きく見えた。

両の手の指をぴしりと両太ももにそえている。
何分だろう…微動だにしない。

私たち兄弟は、その後ろ姿をただ何も言えず見ていた。

…泣いているように見えた。
その両の肩は、わずかに揺れている。

静かに頭を垂れる。
そしてまた、しばらく動かなかった。

その後ろ姿は、何かとても神々しくも思えた。


ここは、靖国神社。
新緑も過ぎた頃、私たち兄弟は世話になった鹿児島の叔父を東京に招待した。
「いつか靖国を訪ねたい。」
ぽつりと漏らしたその一言が、何か気にかかり半ば無理やり招待した。
招待なんてと言って拒んでいた叔父を説き伏せ、その日を迎えた。
空港に着いてすぐホテルにも向かわず、ここへやってきた。

いつも笑顔を絶やすことのないおじさん。
真っ黒に日焼けした中からのぞくキラキラした瞳は、まるで少年のよう。
歳下の自分たちが、そんなふうにいつも評していたくらい、うらやましいくらい「純」な人。

車が、靖国に差し掛かるとおじさんの顔に緊張感が感じられ始めた。

おじさんは「特攻要員」だった。
いつ出撃していくともわからない「要員」と出撃が命じられた「隊員」とでは色々な意味で違うことをその時、理解はしていなかった。
そして、その辛さや苦しみ哀しみも…。


 長かったか、短かったか今となっては、わからないその邂逅のひと時。
ただ、おじさんにとっては、とてもとても長い時間だったのだろう。

戦後何十年もたち、やっと「戦友たち」と会えたのだから。

ふわりと おじさんが、振り返る。
そこには、いつもと変わらぬその笑顔があった。

「ありがとう!!本当にありがとね」
少し涙ぐんでいた。
少し照れくさかった。
こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに呼ぶべきだった。
兄弟の誰もが、そう思った。
そして、自分たちも目頭が熱くなった。


 
 あれから又しぱらく会えていない。
いつも正月に達筆で元気を知らせてくれるおじさんに今年は、会いに行こうと思う。
今、聞いておかなければならないこと伝えておかなければならないことを聞きに。


 靖国の境内を後にするその後ろ姿。
そして、その大きくはない背中が、私には、とても大きく見えて仕方なかった。
そんな背中になれたらいいなと本気で憧れた。

いつも真摯で人に優しく自分厳しい。
今でも憧れている。

張り裂けそうなくらいの哀しみを一手に引き受け、何も言わず過ごす日々の辛さ。
それに負けぬ意志の強さと貴さ。

仕事に励み、家族を大切にし他者を敬う。
若い私たちに足りないものをその行いで示してくれていた。

その後ろ姿を私は、今も、追いかけている。
そんな「本当に強い大人」になりたいと…。
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by katsumi-okuda | 2013-05-04 01:44 | 読物・語り部

邂逅…越えられぬ存在2

終電近く、帰り道の繁華街を通りかかった時
「あんたのお兄ちゃん、誰かに絡まれてたよ。」
いつもよく行く八百屋のおじさんが、前から急ぎ足でこっちにやってきて話しかけてきた。
詳細も聞かず、私は駆け出した。

少し行くと小さな公園がある。
そこに数名の動く人影がある。
…何か、様子が違う。

近づいて行くと呻き声とだらし無い鳴き声が聞こえてきた。

灯りの下で「彼」は、構えもせずに二人の相手と対峙していた。
その足下には…数名の者達が、横たわり踞っていた。
それが、うめき声の主達であった。

駆け寄り声をかけようか逡巡していた時
彼から「動いた」

まるで「演武」を観ているようだ。
今でも、その光景を鮮明に思い出すことが出来る。
それほどその「動き」は「美しかった」

左斜めにいた相手にすっと近づく。
刹那、左手目打ち…相手の腕を雑作も無くとり、するりと回転する。
相手は、後ろ向きに頭から落とされる…と同時に持っていた相手の肘を外す。
…闇夜に奇妙な悲鳴が、響き渡る。

もう一人の相手を観ると…動けないでいる。
そんな相手に「まるで挨拶でもするように」近づいていく「彼」

…背中越しで何をやったかは判然としなかったが…音もなく相手が崩れ落ち悶絶…。
前蹴りで「落とした」と後で聞いた。

まるで少し前から気がついていたかのように
こちらを振り返る「彼」
その顔には、
何もない。
ただあるのは、
いつもの優しげな表情と少し寂しげな所作…。

どうやって家路についたかは、覚えていない。
あまり口数の多いタチではない「彼」
こんなとき、たとえ勝ったとしても気持ちのいいものではないことぐらいわかる。

しかし、彼が、こんなことに武道を使いたいのではないと思っている。
それだけは、強くわかる気がした。
ふと少し前を歩く彼の横顔を見ていて、そう思った。

何を目指していたのか…
学業にせよ稽古そして鍛錬にせよ、人の何倍もの精進をしていた彼。
私の真の手本であったことには、違いなかった。

しかし、その胸の奥にあったものまでは、ついにわからなかった。

有り余る才能を世に問うことも出来ず、その後「治らぬ病魔」に冒される。

病床にあるときまで学問を修め、人の身を案じていた彼。

到底、越えられぬ存在である。

そこまで真摯に自分と向き合うことが、人とは、出来るものなのであろうか。
いや、目の前にそれを完遂した「彼」がいたのである。

もうすぐ何回目かの「彼の日」がやってくる。

彼に恥ずかしくないよう、私は努めなければならない。
少しでも追いつけるよう…
彼が、何を希求していたかを少しでも知りたいと
この齢にして思う。
by katsumi-okuda | 2012-03-26 02:19 | 読物・語り部

邂逅…越えられぬ存在

 朝まだ早く、枕元近くで畳の軋む音が聞こえてくる。
毎日のことだ…呆れるよりも、ここまでくると畏敬の想いしかない。
むくりと起きやり、まだ寝惚けた頭を振り返ると後ろ姿のその「彼」は、下着一つで…
全身から熱を発しながら「鍛錬」の最中。

「彼」は、私と2つ違いの兄弟「次兄」である。

「毎朝定時に拳立て300回、そしてスクワット500回をやる。」
そう彼が高校に入った春に宣言してからというもの、それこそ365日休むこと無く続けている。
彼が、それを休んだ日は高校三年間で一日だけ…高熱が出て家族に強く止められたから。
多分、止めてなかったら、やっていただろう。
他にも、空いている時があれば、なんらかの鍛錬はやっていた。

中学までは、これといって特徴も無く、秀でた所の一つも感じられない人だった。
どちらかというと、いつも穏やかに笑みを絶やさず、悪くするとナニを考えているのか分からないような「彼」であった。ただ芯が強く、人に優しいという微かな印象があるが…。
時として思春期の兄弟同士…相手のことをよく観ていなかったのだと後から思った。

そんな彼が、高校に入り、とある古文の先生と知り合う。
その先生は、少林寺拳法の有段者であり他にも古武術をやられていたと聞く。
そして、ほどなくその先生に彼は、感化され心酔していった。

学業は元より、鍛錬という門も叩くことになったと後年、私に語ってくれた。
そして、その先生の言葉通り「学業」と「鍛錬」に勤しんだ。
というより、それ以上のことをやってのけていった。

一年もたたず「彼」の身体は、大きく変容していった。
身長170に少し足らない。体重は80に少し欠ける。
しかし、その全身は、鋼を真綿で包んだようなしなやかなモノになっていた。
そして、それは何となくであるが…言葉にすれば「品があった」
それは、学業をよく修めたからなのか、彼の人徳なのかはわからない。
ともかく、洋服を着ている限り、体格のいい優しげな高校生にしか見えなかった。

 しかし、その「実戦力」はひいき目に観ていても「並」では到底なかった。
先生の勧めで少し離れた「少林寺」の「道院(道場)」に入門すると、瞬く間に頭角を顕わした。
高校二年終わりには初段、大学三年時には三段を允許されていたほどの異例の進捗。
当時、高校生の彼に道場の中で組手で敵う者はいなかった。
(ちなみに、当時はまだ少林寺でも組手は防具付きで行われていた。剣道の面と胴をつけ、拳には大きなグローブをつけ、顔面アリのフルコンタクトであった。)

一度だけ、そんな彼の姿を道場とその他で観たことがある。

何かの都合で彼を道場まで迎えに出向いた時、まだ組手の最中であった。

道場に入ると、鋭い気合いと共に響く重い打突音。
…入り口から見える道場の端へ人が飛んでいく…誰かに突き飛ばされたのか。
ふと見遣ると彼が、構えをとかず端然と立っている。
どうやら彼が、相手を蹴り飛ばしたようだ。

観ると相手は昏倒している。
周りの道場生たちが、駆け寄り介抱し始める。
胴を外すと、それがタテに「割れていた」…。
後で聞くと「足刀で蹴った」とのこと。
剣道の胴が、割れるのを観たのは後にも先にも、それだけだ。

私も、彼の組手の相手をしていたとき中段を足刀で蹴られたことがある。
鋭い痛みに防いだ腕を観ると…ごっそり皮をもっていかれたことがある。
…本当に「足」が「刀」になるんだと心底思った。
と同時に震えがきた…「兄弟なのに…組手のときは、関係ないんだ」と漠然と思い至った。

組手にも天才がいるものである。
普通、人というものは相手に飛び上がられると何も出来ず固まるものであると聞いた。

しかし、何にしても例外というものはある。
当時、私は身軽だったせいもあり、よく「飛び技」を使っていた。
当てようというより他の技のつなぎであり、私にとっては組手の余興のようなものだった。

公園の灯りを頼りに兄弟で組手の稽古をしていた時。
私は、彼の頭越しに飛んだ。
…と思った刹那、飛んだ目の前に彼が…私について飛んできた!!
次の瞬間…不思議とゆっくりとした時が流れていたのを思い出す。

虚空で私の襟と腕を取り、投げ落とした。
凄まじい衝撃が背中一面に…
その弾みで身体が、二度弾んだ。
…息が…出来ない…あんな苦しさは金輪際ご免だ。
悶絶とは、このことだと喘ぎながら悟った。

空中で捕まえて投げ落とすなんて、アリかよ!!
…と毒づきたいけど、言葉が出ない。
呆然と彼を見上げる。
なんとも、涼しげにそして優しげに微笑んでいる。
「頭から落とさなかったから大丈夫だよね!?」
…頭からって…そんなことされたら確実に死ぬぞ!!!
本気かこの人!??


その後、彼には「左目失明寸前」左右手首「脱臼」左肘靭帯損傷、肋骨数次骨折…
数え上げたら怪我の見本市が出来そうなくらい「やられた」
しかし、お陰で(!?)総本部の組手についていくことが出来たのだから何とも…。

そんな彼には私のような「喧嘩」は、ほとんどなかった。
ただ一度だけ…彼の「喧嘩」を観たことがある。
by katsumi-okuda | 2012-03-26 01:40 | 読物・語り部

邂逅…あの時の「手合わせ」

「オイ、大丈夫か!?」
上から覗き込まれている。
にこやかな顔が、見える…。
一瞬、気を失ったのか!?
「…押忍…大丈夫です。」
本当は、全然大丈夫なんかじゃない。
出来る事なら、このままでいたいくらいだ。
でも、そんなこと出来るはず無い。
だって…この「覗き込んでいる人」は…。

T大に在学中、協会の最高師範である中山先生に懇意にして頂き、何かと雑用をやらせてもらっていた。その日も、空手の体育授業の出欠等の整理をし、その報告をしに教務室に出向いた。

扉を開けると先生は、来客の方と歓談中…
いつものことだと少し待とうと脇で様子を見ていた。
窓の外は秋の優しげで寂しげな午後の日差し。
遠くから午後の部活の連中の声が聞こえてくる。
そんな何となく甘い感傷に柄にも無く囚われていたその時…。
ふいにその「来客」から声をかけられた。

「君は、大山君のところの門下生かね」
首をぐいとこちらに廻した座っていてもわかるくらい小柄で華奢な老人だ。
その「老人」は、思いのほか快活に何の遠慮もなく、それこそ唐突に尋ねてきた。
少し戸惑い、少し憮然とした表情だったと思う。
「押忍、そうです。」
「そうかい。じゃあ、ちょっと手伝ってもらってもいいかなぁ。なぁ中山さん」
「いいですよ。…」と何やらありそうな笑みを浮かべながら中山先生…。
私の良い悪いは、一切関係ないんだ。
しかし、何の手伝いだ!?荷物運びか何かか!?
そのとき、本当にそう思った。

「じゃあ、道着に着替えて道場で待っててくれ」
「お、押忍」
先生に言われ、少しどぎまぎした。
どうやら何かの演武か何かをこの「老人」にお見せするのか!?
いつもなら協会の先輩たちや空手部の部員を使うはずだが…。
何故、私なんだ。
まぁいい、与えられた通りにやれば…。
などと、安直に考えながら一人、道場へ向かった。

まだ、空手部の使用には間がある。
そのせいで私なのか…そんなことを考えながら少し柔軟をしていた。
話し声が聞こえてきた。
立ち上がり、直立で出迎える。

道場の正面に先生とその「老人」が、それこそすっと入ってこられた。
驚いた事にその「老人」は、道着に着替えていた。
それも「合気道」のそれである。
その立ち姿と眼光の鋭さ…写真でしか見た事なかったあの「人」だ。
合気道養神館館長「塩田剛三」…。

何でだ!??
さっき教務室で見た時何故、気がつかなかったんだろう。
背広姿で眼鏡をかけていたからか。
いや、雰囲気が、まるで違うからだ。
二十歳の若造の私でも、それくらいは分かる。

にこやかに中山先生と談笑しているのに、時折こちらを見据える「眼」のなんて「嫌なこと」…
そんな「眼」は、そうあるものじゃない。
総裁もそうだ。中山先生も時としてそうなる。
しかし「この人」のそれは、何かが違う。
何となく…本当に何となくだが…

「この人とは、やりたくない。もし、本気でいったら何されるかわからない」
いやな雰囲気を纏っている。
合気道なんて踊りだなんて言う奴がいる。
その時まで自分も、そう思っていた一人だ。
少なくとも実戦ではありえないと…。
…だが、この人は、この人だけは、そうじゃない。
ありえないことだが、身体中が、ぞわぞわする。
これが、ひょっとして「気」なのか…。

「じゃあ、ちょっとやろうか」
後で伺った話しだが、中山先生は当時から親交のあった塩田先生と武道の研究を相互になされていたとのことで、この日も技術的な歓談をしていたらしかった。
そんな中、実際にやってみて確かめてみようということになった。
しかし、生憎、適当な「人」が、見当たらない。
ふと見ると「生きのいいのがいる」「まして大山君の門下生だ。丁度いい」ということになり私が「お手伝い」をすることとなった。

「いい経験になるから思いっきりいきなさい。」
と中山先生…しかし、その表情が、やけに真剣…。
真剣にいかなきゃ、壊される…ふと本気で感じた。

「はは、そんなに緊張しなさんな。」
「じゃぁ、最初は形通りからいくか…」
「君の好きな攻撃をしてきてくれるか」
そう一気に畳み込まれ、有無も言わさぬ「厳しさ」が…。

「押忍…」
塩田先生との距離…大体2mくらい…
怖いという思いと、どんなことが待っているのかという凄い好奇心が綯い交ぜになる。
左手を前に出し右手を拳にし顔近くにもっていく。
少し腰を落とし、じりと寄る。
先生は、動かない。
じっとしている…こちらを見ているようで見ていない。
そんな感じがする。
さっきまでの「嫌な感じ」が消えてる。
まるで「映像」を見ているようだ。

ふと先生が、前に出る風を見せた。
考えもせず、いきなり右上段回し蹴りを放った。
相手につられた。

するとまるで少し早い散歩のように私に近づいてくる。
回し蹴りが、当たる…いや、その中心にいない!?
何だ!!

先生の顔が間近にあった。
と同時に、どうなったかわからない。
凄い勢いで吹っ飛ばされた。
天と地がそれこそ、一気にひっくり返された。

…本能的なのか何なのか、首をすくめた。
それだけは覚えている…。


立ち上がると見事に酩酊している。
パンチを顎や頭部に受けた時に似ている。
真っ直ぐ立っていられない。
しかし、意地で立とうとしているが…間々ならない。

「大丈夫そうだな。じゃあ、もう一丁来なさい」

それからカレコレ一時間程、所狭しとぶん投げられ、そして固められた。
何をやっても、当たらない。
行こうと思う刹那、合わせられ、吹っ飛ばされるの繰り返し…。
途中から相手が先生という事も、忘れ「この野郎」という気持ちだけ…。
…しかし、当たらない。
最後の方は、それこそ指一本で飛ばされる始末。
…襤褸雑巾とは、よく言ったものだ。
将に「それ」だ。

「流石に大山君のところの門下生だ。大したもんだ。よく持ったな!!」
最後に立ち上がった時、そう声をかけて頂いたのを遠くで覚えている。
「…押忍…」と返事をしたのかどうかさえ、今となってはわからない。

今にして思い出す「貴重な」体験であり、それが私の目指す武道の一つの光明ともなった。
総裁や柔道の木村先生らの「力と技の武道」
中山先生の「徹底した技の世界」
そして、それらを「冷徹なまでに削ぎ上げた塩田先生の境界」
それを奇しくも、そして有り難くも体験した私は、それを希求せずにはいられない。

ふとあの日の陽光を思い出す。
先生たちを道場からお送りし、しばし道場で倒れ大の字になっていた。
汗だらけの顔と痣だらけの身体に、それはいつもと変わらず降り注いでいた。

…とても、いい気持ちだった。
でも、なんで俺だったんだ…。
いつも、何かこんなことに付き合わされてる気がする…まぁいいか…
少し得な気がした。
そして、とても嬉しかった。
by katsumi-okuda | 2011-06-30 01:16 | 読物・語り部

出会い…NY編6

 それは、何の前触れもなく始まってしまった。

彼の家に招かれ…というより、貸し切りのレストランに着いた時、すでに宴は和やかに進んでいた。
今では、すっかり一頃の賑わいをなくしてしまった「リトルイタリー」の一角にその「店」はあった。

旧いアールデコ調の趣のある入り口とその内装の佇まい…
そして、それに似合う往く代も使ったであろう深い茶褐色に彩られた調度品の数々とそれを照らす仄暗くも、暖かみのある灯りが、そこに語らい笑い合っている人たちを優しげに包み込んでいる。
 そして、店内の喧噪を穏やかな語らいに変えているのは、何故か懐かしくも感じるカンツォーネが、耳に心地よく、静かに流れていたのを今でも、覚えている。

店の者に促され、彼と共に中央奥の大きなテーブルについたのは、小一時間ほど前であった。

 すっかり、場の雰囲気に酔い、楽しいひと時を私は、過ごしていた。
ここに集る多くの人たちは、異邦人の珍客を温かく迎えてくれた。
無論、彼の引き合いもあるだろうが、それにしても、年かさの男性や女性からは、しきりに料理や飲み物を進められ、私が話す拙いイタリア語をとても面白がり、そして喜んでくれた。
そして、その中には、彼の「父」もいた。

 そんな時であった。
ふと気がつくと私の座っている後ろに大きな影を感じ、振り返ってみた。
すると本当に「山のような男」が、それもにこやかな、いや不適な笑みを浮かべて立っていた。
手には、リンゴを持っていた。
あまりに大きな手であり、リンゴは他の果物に見間違えそうであった。

「センセイ、こんなこと出来るかね!?」
そう言っているとTが、伝えてくれたその時…
大きな手に握られたリンゴは、一瞬のうちに木っ端みじんになった。
…大した「力持ち」だ。
と褒めたが、何か挑戦されている気がした。
ふと周りを見ると、皆、一応に私に何かを期待しているらしかった。
…ゆっくりと私は、立ち上がり、少し中央に出た。

同じようにやってみせても、よかったのだが、それでは芸がない。
少し気分もよかったせいも手伝い、Tに言って同じような手頃なリンゴを持ってきてもらった。

少し離れたところから私に投げて寄越してくれと頼む。
Tは、私から2〜3m離れた所で立ち止まり、このくらいでいいか聞いてきた。
そして、そこから私に向かって弧を描くようにリンゴを投げるように伝えた。

これから何が始まるのか、皆興味津々。
…あまり、やったことはないが、皆が期待してくれことだし、今日のお礼に…。
そんなことを思いながら、彼に「トス」を頼む。
右足をわずかにひき、右手刀を腰下にゆっくりと確実につくる。

彼の手を離れたリンゴは、ゆっくりと大きめの弧を描きながら私の眼前に…。
…一閃…私の「貫手」が、リンゴを「まっ二つ」に…。
抜いた音は、しない。
二つに割れたリンゴが、床に落ちる音が、響き渡る。

…少し遅れて、皆の大歓声!!
いつも、この地に来て思うのだが、こんな時ここの人たちの喜怒哀楽とその感情表現のオーバーなことに、いつもむず痒いものを感じてしまう。
抜いた指先に少し感触は残るが、痛みはない。

右手にいた「あの大男」も、大袈裟に手を広げ、そして喜んでいる。
…と思ったら、その大きな手で私の肩をバンバン叩いてくる。
もの凄い衝撃!!
本気で肩が、抜けるかと思った。
…こいつ加減しろ…とも言えず、ただ笑って返す。
そんなときほど、何故か哀しいことはない。
でも、皆、喜んでくれたなら…と思いながら、席に着き直した。

テーブルに着き直し、ナプキンで指を拭っていると…
「それで人は、刺せますか?」
いきなり、目の前に座り直していた「彼の父」が聞いてきた。
その眼は、紛れもなく「その道」の「眼」であった。

Tに通訳を頼み、以下の問答を繰り広げた。
…何故か、真剣で切り抜けているような、少し嘘寒い心地がした。
その時も、周りは大して変わらぬ楽しげな語らいが続いていたはずなのだが、私の耳には届かなかった。

「…時と場合によります。ですが、道場では使いません。」
「では、何故そんな危険な技を練習しているのですか!?」
「日本の武道は、心身を鍛えるものです。ですがまた、弱者の道具でもあります。弱い者が、悪戯に生命を脅かされる時、自分の愛している家族や師弟が、愚弄され辱められそうな時、これらは使う事に成ります。」
「それが、どんな相手でもですか!?相手が、飛び道具を持っていても!?」
「同じだと思います。ただ、その時は、私も死ぬ覚悟をしなければならないでしょうが…」
私の眼をじっと見ていた。
私も「父」の眼を躱さなかった。
…お互い多分、穏やかな表情であったに違いなかった。
「…そうですか…死ぬ覚悟…弱者を守るもの…ですか」

ふと愛想を戻し、とても温かい眼差しで私を見返してくる。
つられて私も、笑みを返した。
「いいものを見せてもらいました。そして、よいセンセイだということも、よくわかりました」
彼は立ち上がり、テーブルを回り込み私に歩み寄ってきた。
私も、思わず立ち上がった。

そう大きくない背丈からは、想像も出来ないくらいに力強い握手に吃驚していると
ぐいと引き寄せられ、温かく力強い抱擁を…。
それが、友情・信頼の証なのか、何なのかは分からないが…
(この抱擁も、実はいつまでも慣れぬ彼の地の風習の一つである。)

 その後も、楽しい宴は深夜まで続いた。
そして、帰りしなの車中で彼が、嬉しそうに、そしてハニカミながら
「父は、センセイのことを大変気に入ったようです。」
「あ、ありがとう…よく今夜の礼は言っておいて下さい。」
「はい。でも、それよりこれから何か遇ったら、私にいや父に相談して下さいね。大抵のことは、何とかしますから…」
そうですかとも、言い難い申し出に私は、思わず困惑した。
結局、Tも、やはり「その家族」であり、その「恩恵」に預かっている…

良い悪いではなく、それが、家族というものなのかもしれない。
Tは頭のいい奴だ。
旧いシキタリの「家」を拒むことが出来ぬのなら、何らかの方法で切り抜けていくのかもしれない。
今夜のように私を「利用」してでも…。

別に悪い気もしないではないが…
車窓に流れるネオンを眺めながら、何か少し釈然としないものを感じないではいられなかった。
…ただしかし、この街にいる間、彼と彼の「父」の影響の大きさに少し怖さを感じたのも事実であった。

その後、彼は大学を卒業し、米国そしてイタリアと各国を飛び回るビジネスマンになったと聞いた。
しかし、本当にそうなのかは知らない。
ただ風の噂で「武器商人」であり「シンジケート」の役職についたとも聞いた。
彼なら…とも思う。

ただ、ふと見せた暗い横顔のまま、命を削らなければよいと今でもふと思い出す。
その行方は、今ではわからない。
そして、あの「家族」の人たちも…。
もう一度、あの「店」に行ってみたい。
そこには、あの暖かな「家族」が、いるような気がしてならない…。
by katsumi-okuda | 2011-06-18 03:08 | 読物・語り部

出会い…NY編5

 こちらに居着き、そう長くもないのに幾たびかの「闘争」。
その度に必ず嫌な思いをする。
それなのに「慣れ」というのは、怖いもの。
何度目かの「闘争」のときからか、何も感じなくなってしまった。
…それが、自身に何をもたらすか、どんな災いと出会いを差し出しているかも…。

 そういえば、ここしばらく「彼ら」を見ていない。
しかし、ここではよくあることだ。
一定期間のレッスンを終えると次のレッスンに行ってしまう。
それが、こちらのシステムなのだそうだ。
今ほど武道に精神性を求めたり、本気で選手になろうという機運はまだなかったせいもあろう。

しかし、少し彼の事が気になった。
そして、本気で「もったいないな。もう少しやれば…」などと漫然と考えていた。
そんなことを考えていた週末、私は「彼」と遇ったのである。

 私たちは、ミッドタウン側から「公園」に入りセントラルドライブを進み、横目に回転木馬を垣間みながら、シープメドウと名付けられた大きな広場を横切っていった。
初夏の日差しと温かさに誘われて多くの人たちが、そこここに憩いを求め集っていた。
家族と遊ぶ人たち、恋人と片寄せ合い語らう若者たち、歩道を思い思いの早さで走り抜けていくジョガーやローラースケートの子供たちの嬌声が、長く凍てついた時を払拭するように華やいでいた。
昼近くになり温かさをまし、木々の新緑の合間からゆれるその日差しが、歩道に降り注いでいる。
…それなのに…となりの彼のふと見せる横顔は、冬の暗く沈んだ川面の色をなしていた。

 二人して、たどたどしい英語と日本語でなんのことはない会話が続いていた。
彼の父親やその「仕事」について私も、詮索するつもりもなかった。
というより、聞いても仕方がない。
私と彼は、ただの「通りすがり」にすぎない。
そして、単純に深く入り込み、関わりたくは、なかった。
だから、あえてその話題はさけた。
そして、それを察してか、彼もそれ以上の事は話そうとはしなかった。

ただ、これからの将来の事、希望について話題が、上るとき、どうしても彼の「家」のことに
触れなければならなかった。
そんなとき、決まって彼は、ふと暗い眼差しになってしまった。
悪いと思ったが、それを避けては、話しは進まない。

大きな池(あとで知ったが、ここは貯水池であった。後に1994年亡くなったジャクリーン・ケネディ・オナシス・レザボアの名が冠されたのを知ったのは、幾度目かの渡米の時であった)に出た。
メット(メトロポリタン美術館)を右手に見て、イーストドライブを少し過ぎた池のほとりの芝に腰を下ろした。

どうやら彼は、この先の自分の将来に不満をもっているようだった。
話さなくとも、それぐらいは察しがつく。
自分の希望と「家」のそれが、大きく違う。
だが、「大きな父親」に逆らう事が出来ないでいる。
…わからないでもないが、「通りすがりの私」にすれば、どうすることも出来やしない。
ただ話しを聞いてやるぐらいしか出来ない。

「今度、家に食事に来て下さい。」
「…えっ…自分がか…」
「そうです。今度、内輪のパーティーがあります。いろんな人も来ます。だから大丈夫です。」
何が大丈夫なのかわからないが、彼の瞳が子供のように懇願している。
…断れなかった。
何故か、こういうのに私は、弱い。

結局、来週の金曜夜、レッスンが終わった頃に迎えに行く事を告げられた。
どうなるのか見当もつかない。
はっきりと困惑した表情の私であったに違いない。
そして、それを見ている彼は…何故か嬉しそうだった。

池の水面に幾つものさざ波がたつ。
水鳥たちが、飛び立ったようだ。
すっかり冷えてしまったドーナッツを二人して頬張り、たわいもない会話は、
その後、小一時間も続いてしまった。

 次の週に入ってからのレッスンは、それはそれは身が入らなかった。
いったい、どんなパーティーだ…何をどうすれば、いいんだ。
こんなに迷うのなら本当に断れば良かった。

それは、すっかり、その一週間私の頭の中を占領しきっていた。
…そして、とうとう約束の金曜日の夜が来てしまった。
by katsumi-okuda | 2011-06-11 01:46 | 読物・語り部

出会い…NY編4

 組手とは、疑似闘争である。
組手とは、生死を賭けた闘争の模擬追従体験である。
だが、それは、どこまでいっても「模擬」でしかなりえない。
自身の、そして相手の生死をも含め、全てを賭した「戦い」とは、ほど遠い。

 よく言われる事だが「道場での組手百回より一回の試合であり、百編の試合より一回の実戦」
どんな組手よりどんなに大きな試合、そして強い組手の相手であっても、小さく鈍く魚の背びれにも似た刃物を泳がせている「この少年」のほうが、心底手強く、そして怖いものである。
…相手は、自身のすべてを賭けているのだから…。

 今ほど安全でなかった70年代NY…そこに安全と水はタダだと思っていた日本人が、多く来た。
だが、この地に来て誰もが、すぐにその「管理」に神経を尖らせることに大して時間は、かからなかった。そして、どちらかと言うと無神経(図太い)の私でさえ、すぐにこちらの流儀に収まった。

 しかし、時として「慣れ」が災いする事がある。
レッスンの帰り道、ふだんならタクシーや道場生の誰かに送ってもらうのが常なのに、なんとなく気安く気分がよかったせいか、一人夜道、家路についた。

 そんなに遅い時間でもないし、人通りもまだまだある。
夜のネオンや喧噪を見聞きし、ふらふらと歩くのに丁度いい春の夜の温もりを感じながら、少し浮ついた気分で歩いていた。

 いつもと同じ道なのに夜の帳は、その風景を変える。
遠くに聞こえるパトカーのサイレン、どこからとなく流れてくるジャズのBGM、そして人々の笑い声…
…そう、まるで映画の世界が、目の前にある。
心が、少し柄にもなくトキメクのを感じた。

そうだ、これに似た街を日本で知っている。
OSAKAのあの夜の風景にどことなく似ている。
どこか懐かしくもある。

そんなことを思いながら歩いていくと、前から黒人の青年…いや少年たちが歩いてくる。
…三人、皆揃って背が高い。
揃いも揃って色とりどりの原色のジャンパーを羽織り、やけにリズミカルに歩いてくる。
すれ違い様、一人の少年と眼が、合った。
といっても、一瞬だが、相手はそうは思わなかったようだ。

私は、そのまま通り過ぎようとした。
しかし、その少年たちは何やら口々にそして声だかに私の背に叫んでいるようだ。
…小走りに私に近づいてくる靴音。
前に二人、後ろに一人…どうやら囲まれてしまった。

しまった…皆の忠告を聞いて車で帰るべきだった。
そんなことを思いながら周りを見渡した。
よく見ると丁度、人通りもネオンも切れている路地近くであった。
絶妙のタイミングで声をかけてくるものだと妙に感心した。

夜な夜な、ふらふら歩いている東洋人である。
彼らからしたら絶好のカモなのかもしれない。
仕方がない。小銭ですむなら、それにこしたことはない。

しかし、彼らに、そのオファーは通用しなかった。
何が気に入らなかったのかは、定かではないが、どうやら私の「この眼」が気に触ったらしかった。
手慣れた手つきで一人の少年が、ナイフを取り出した。

半歩、右足をひく。
後ろを肩越しに見やる。
…1mも開いていない。
やはり、手慣れている。

ふと、目の前の「獲物」を持っている少年を見た。
不遜な態度とその目つき…。
不意に無性に腹が立ってきた。
こんなところで、怪我いや命をやるわけにはいかない。

「獲物」が、私の胸元に近づいてきた。
その刹那、右外廻しで相手の獲物を鋭く弾いた。
ブーツを履いているのは、日本にいる時からの「習い」。
刃物を払っても、脚に損傷は届かない。
そして、相手へのダメージは、相応にある。

闇の深い路地にナイフが、奇麗な弧を描いて飛んでいく。
全員、あっけにとられ、そちらを見ているその瞬間…。

演武でも、やっているようだ。
そう後から反芻した記憶がある。

弾いた右足を地面につけ、その反動を足刀にかえ、相手の顔面に…。
数m先まで飛んでいった事を確認し、振り向き様に後ろの相手ののど元に刀峰(のど輪)を深く突き込む…相手は力なく、その場にへたり込む。
肩越しに前の三人目を見る。
何が起こったか全くわからないでいるらしい。

相手の上着を両の腕で引っ掴み、右の膝蹴り…獣じみた声と共に細い身体が前のめりに折れる。
首の後ろに肘を落とす。

暗がりで一瞬のこと。
常に黒い服装をしているのは、相手に動きを悟られ難くするため。
相手は、何がおこったか、知る事は出来なかっただろう。

何故か、急に荒んだ気分に陥った。
少しのひと時を無下に邪魔されたからか、それとも、あの「眼の出会い」の…
…そのせいかどうかは、今は分からない。
それが正しかったかどうかも…。
ただ、やっていなければ、やられていたことに相違ない。

決して蛮行に及んではならない。
そうこの地に着いた時、自身で決めたはずなのに…。

呻いている三人を見やりながら、足早にそこを離れた。

いつものことだが、そんな後は、どことなく気分が塞ぐ。

先ほどまでの街の灯りもそして喧噪も、今では嘘寒く身体を通り抜けていく。
…急に背中が冷たく感じた。
汗でびっしょりになっていた。
何度やっても…何故か、あとから怖さが忍び寄ってくる。
少し悪寒さえした。
それは、家のドアを開けるまで続いた。

この夜の一間のことが、この先の厄災そして出会いに続くことを…
その時の嫌な予感は、その意味当たっていたと言える。
by katsumi-okuda | 2011-06-05 02:16 | 読物・語り部

出会い…NY編3

 出会い頭…である。
長くやっていると、そんな刹那が、たまにある。
力も入れず、ただ手足を出しただけで相手が、吹っ飛ぶときがある。
…やったほうが、少し驚いた記憶が…。

 相手が、正面を向いてつっかけてきた。
しかし、それは、あまりにも正直だった。
私は、左足を半歩踏み出し、右の下段蹴りを相手の右内股に放った。
すると、何の手応えもなく、相手は私の右横をもの凄い勢いで頭から「前転」していった。

 頭から奇麗に前転したせいで向こうをむいて、座り込んでいた。
が、突然バネ仕掛けのように立ち上がり、再度つっかけてくる。
(…怪我してないんだな…よかった)
なんとなく、そう思った。

 今度は、相手の突きを真正面から受けた。
と言っても、私は長い両の腕を前に出し、わずかに後退しながら、飛んでくる突きを捌き続ける。
…奇麗で威力もあるのだが、何せ単調である。
突きだけなら相手が、ボクシングでも受け切ってみせる。

 三つ、四つ…と受けていると、今度は上半身を使いフェイントをかけたり、横に回る素振りをみせたりし始めた。やはり下地は、ボクシングなのか…と思い始めた時、廻し蹴りを放ってきた。

その蹴りは、カラテの蹴りではない。
だが、見よう見まねで蹴っているだけでもない。
多分、サッカーをやっていたのだろう。

その蹴りは、私の左脇腹を狙ってきた。
あまり膝をかいこむことなく、やや棒気味にした脚を振り切ってきた。
…私は、それに合わせ左肘を落とした。

鈍くそれこそ金属的な音がし、相手の表情が少し曇る。
その刹那、その蹴り足を掴み、相手の軸足を内側から払った。
この相手の蹴り足を殺してからの軸足払いは、一時私の得意技であった。
下が固い床や地面なら効果てきめんだが、今回は少し様子を見たかった。
相手を掴み、床に落ちる衝撃を和らげてやった。

すぐに相手を促し、立ち上がらせる。
少し怪訝な顔をしながらも、素直な表情を見せている。

どんなことをやってくるのか。
そして、それよりどんな奴なのか、純粋に興味が湧いた。
単なる「腰掛けの指導員」ではあるが、時として、そんな気も湧いてくる。

知らぬ彼の地でいろいろな経験の中でも、人との関わりは大きな収穫でもある。
東洋人と西洋人の違い、人種の違いはあるが、やはり同じ人には変わりはない。
こちらが、正しい感性であれば多くの応えを与えてくれる。
しかし、どんなことでも、実証がなければ、ひと欠片の尊敬も何もないのも、この地の習いである。

幸い当時、カラテは、まだ神秘性があり、その多くは知られていなかった。
そして、私のカラテそのものも、この地では、異端そのものであった。
ただ突く蹴るだけでに留まらず、ゆらゆらと揺れる腕と突然入り身出入りを繰り返す私の動きに当時の彼の地の人たちは、戸惑うばかりであった。
故に、こんな痩身でも、勝ち続ける事が出来たと思っている。

「まだ、続ける?」
私は、相手の打突、腕や脚を徹底的に肘、膝、そして正拳でたたき落とした。
相手は、すでに立っているのが、やっと。
ただ、その顔に曇りはなかった。
純粋に驚き、もっと知りたいと願う子供の表情が、そこにあった。
そして、また構えようと腕をあげた。
しかし、すでにその腕も…

「やはり、これ以上は怪我が酷くなるといけないから、今日はここまでとしましょう。
 ナイスファイトでした。」
そう伝えさせ、組手を終えた。

相手は、ほっとしたような、でも少し残念そうな顔で慣れぬ「礼」をして返してきた。
そして、足を引きづりながら私に近づき、握手を求めてきた。
断る理由もないので、握手をする。
…これだけダメージを負っているにも、かかわらず、強い握手であった。
その顔は、当初の少し幼い笑顔に満ちていた。
そして「…」多分、イタリア語であろう挨拶が、少し早口で聞こえてきた。
何と言っているのか、分からないが、多分、悪口ではないだろうことは分かった。
笑顔やその表情は、やはり万国共通なのだと妙に納得した。

彼は、きびすを返すと心配そうに見守っていた「お付き」の面々に何やら嬉しそうに話しかけている。
すると、そばにいたタダシが、不安げな顔でこう私に告げた。
「大丈夫ですか。彼をあんなに痛めつけて…」
「何故!?道場なんだし、別に無理強いしたり脅したつもりも、ないが」
「いや、そうじゃなくて…」
そこで次の教室のセンセイやらが、どやどやと入ってきた。

こちらの時間観念や道徳性には、結局帰国するまで慣れなかった。
少しは、終わるまで待っていても、よさそうなものなのに…。
急いで私の稽古「レッスン」を終わらせることとした。

…そのため、そのあとタダシが何を言いたかったのかは聞かず仕舞いとなってしまった。
しかし、何となく、分かる気もした。
だからといって、どうすることもない。
私は、道場にあって、やるべきことをやったまでのこと…。

ただ、次の週に入ってから「彼ら」の様子が今まで以上に変わった。
良くも悪くも…。
by katsumi-okuda | 2011-06-02 00:54 | 読物・語り部

出会い…NY編2

 時として、豹変する者がいる。
彼も、そのうちの一人だった。
例えば、車の運転をすると人が変わると言われるように、組手になると、それまでの態度や雰囲気が、明らかに変わる者がいる。

 単に興奮し熱くなっているのなら、まだ分かり易い。
しかし、その表情からは、何も読み取れない程変わりがない。
それどころか、普通以上に普通であり、その横顔は、冷たくもある。
そんな奴は、始末が悪い。

 長く実戦の場に立っていると往々にして、そんな奴に出会う事がある。
たとえ、それが今日入ったばかりの初心者でもである。

 今でもそうだが、道場としては道場生に長く稽古に参加して欲しい。
そのために不用意な怪我や事故は、極力避けるよう指導する者は、心を砕く。
無論、この異国にあっては、保障そして訴訟という問題も日常的に横たわっている。

それだけに、その注意は日本のそれと比べ過剰とも言えるくらいである。
現在では、大きな都市部で十二分な対策なしで組手は、行えないとも聞く。
そして、当時、今ほどでもないにせよ、組手指導には神経を使っていた。

 白帯や初級者は、相手と距離をおき、シャドウを行い、色帯になると防具をつけたのち、マス(軽く当てる)でやるようにしていた。
しかし、中には腕試しや好奇心からか、上の帯との組手を熱望する者がいることがある。
そんな場合、あまり無下にも出来ず、事情を双方に説明した後、やらせることがあった。

と言っても、上の帯は大抵が、受け手に回るだけで、時折、寸止め(当て止め)を行うことが常であった。しかし、たまに、その上級者でも、捌ききれない「剛の者」が混じる事があった。

そして、そんな組手は、当然「エスカレート」してしまう。
上の者は、下の者、まして昨日今日、入った者に押されでもしたらたまったモノではない。
勢い相手を怪我させる程の打突を…。

そう思って見ていて、止める間もなく、上の者があっという間に壁際まで押されてしまった。
あまりにも見事な突きのラッシュと躍動感溢れるその姿に一瞬止めるのを躊躇われた。
その寸歩の出来事であった。

相手の上級者は、彼「T」より10㎝程度背が高くウェイトも15㎏以上重い。
ましてグリーン帯である。
がっしりした体躯の相手に何の躊躇いもなく、いきなり飛びかかっていく彼…。
無論、相手も突き蹴りも出してはいるが、相手の突進に間合いを潰され、威力はないに等しい。
瞬く間に相手を壁際へ押しやり、相手の中途半端な回し蹴りを掴むや軸足を払った。
…こいつ喧嘩慣れしてるな。

 と同時に相手の襟首を掴み、頭から床に落としにいった。
重い音が、道場に響き渡った。
「ストップ!!」
私の声が、道場に響く。
ふと彼は、こちらを見た。
…微笑んでいる。
今、殴り掛かっていた本人とは、思えないくらい優しい顔が、そこに見て取れた。

少し拍子抜けした。
しかし、興味が湧いた。
その戦い方が、少し私に似ていたから…。

気絶しかけている相手にしきりに謝っているようだ。
相手は、彼の「何か」を知っているのか、曖昧に返事をし、何でもないふうを装っていた。
何か釈然とせず、そんな彼が、少し疎ましく思った。

通訳のタダシを通じ、注意をした。
しきりに申し訳なさそうに殊勝に私の顔色をうかがっている。
…こいつ、わざとやったな…。
「君は、強いと思う。でも、それはカラテではない。」
「少し私とやってみるか!?」
手短に伝え反応を見た。
そして「お付き」の連中の顔色も…。
彼の顔が、ぱっと明るくなった。
「お付き」の連中は…なんだか、さっきまでは、にやしていたのに急に渋くなっていた…。
なんとなく、わかってきた。

 ここで本格的な「組手」は、あの日以来やっていない。
そのせいか、私と彼が道場の隅で始めようとした時、周りは一斉に動きを止めていた。
道場生たちのその顔から何かしら心配げに見えた。
相手を思ってか、それとも私のこれから、つまり組手の後のことを思ってか…

そんなことは、どうでもいいと思った。
ここで教えている以上、私の言う事を聞いてもらわねば困る。
ただ、あの日のような戦い方を私は、するつもりはなかった。

どんな相手であれ、その戦い方を一目見た後では、私に一日の長がある。
相手の体躯、スピード、力の身体全体への係具合、つまりバランス。
そして、相手の性格、資質…すべてを一目見て組手は、成り立つと思っている。
それが、たとえどんな相手であろうと、それはその時も、そして今も変わらない。

私と大して変わらぬ背丈、ウェイトもさして変わらぬだろう。
ただ痩身の割に鍛え込まれ道着に隠れた「下半身」を見逃さなかった。
突きは、下半身のバネからとよく言う。
なんのスポーツをやっていたかは、知らないが、その出足の速さは…。
そして、顔に似合わぬ剛胆さと繊細さ。
…久しぶりに、こんな奴に出会ったなぁ…。
何故か、少し懐かしく感じた。

彼と対し「礼」をする。
すこし距離が、ある。
相手は、何故か戸惑い気味に、そしてぎこちなく「礼」を返してきた。
…構えが、堂に入っている。
ボクシングのそれに近いが、少しアップライト気味に構えている。

そして、いきなり「つっかけて」きた。
by katsumi-okuda | 2011-05-30 01:23 | 読物・語り部

出会い…NY編

 この歳になると何となく、そして不意に昔を思い起こす事があります。
大抵が、よい思い出となって蘇るものです。
人の頭とは、都合良く出来ているものです。
…その当時は、確かにそれどころではなかったと…思うのですが。

 一通りこの地での指導にも慣れてきた。
日本で聞いていた「挑戦者」も、それほど目立たない。
ただ、これは私の場合だけかもしれない。他の地域では、それなりに何かしらあるらしい。
教えている場所柄や土地柄にも、よるのかもしれない。

 私の教えている「教室」は、前任者がYMCAから派生した教室を開いた流れからか、集ってくる人たちの多くは、学生、子供たち、そしてビジネスマンが、ほとんどであった。
だから、たまに異質な風体の輩が、混じると一目でわかる。
ただ、大抵が「どんなことをやっているのだろう」という「偵察」であり、私への「挑戦」は鳴りを潜めていた。

 そんな中、いつもレッスンに参加している「集団」がいた。
一人は、他の学生と変わらないくらい(私と同じぐらいか…)、背格好も日本人の私とさして変わらない端正な顔立ちと栗色の髪と同じ色の瞳が、やけに印象的なT…。
その周り、いや少し後ろに控えている三人は、どれもガッシリした体躯の男たち。
いつも、にこやかな表情を浮かべてはいるが、何かのときの「物腰」が他の者とは、違っていた。

当初、この取り合わせが、何なのか考えもしなかったが、どうもその三人の立ち振る舞いから、そのTの「お付きの者」平たく言えばボディガード。
つまり、Tは、どこかの「お坊ちゃん」なのだろうと思っていた。
しかし、それだけの話しである。
教える事に他の生徒たちと何も変わることなく、月日が過ぎた。

 当時(今は、どうか知らないが)、日本人と聞くと「おまえは、カラテをやっているか」
と聞かれた人たちが、多くいたと聞いていた。
私も、その例外ではないが、本当にやっているのだから、そこから勝手に話しが盛り上がったり、
勝手に話しが、どんどん進んでしまう事がよくあった。

 レッスンを受けていたビジネスマンから個人レッスンを依頼されたり、ホームパーティーに招待され、演武をやらされたり…ただ結構いい小遣い稼ぎにはなったので悪い気はしなかったが…。
他にも、知らずにオファーを受けたら翌週から「傭兵部隊訓練所」の指導員にされたこともあった。
これは、あとで話す事になるが…この時は、もう少しで私は「国籍」を変えるハメになる所だった。

 指導のない日は、本当にすることがない。
到着して初めの一ヶ月は、物珍しさからアチコチ見て回ったが、そう広くないNYである。
あっという間に暇になった。
そして、そんな日曜日、雨でも降らない限り決まって「公園」に出向く事にしていた。
何となく散策したり、池を眺めたり、それはそれで私のお気に入りとなっていた。

 NYの春は遅く、そして「寒い」。
でも、こっちの人たちは、何故「半袖」なのか理解に苦しむ。
私は、ブルゾンを羽織らないと寒くていられなかった。

道の途中、昼食代りにホットドックやらドーナッツを幾つか買っていく。
当初、甘くて残したほどのドーナッツも、なんとなく食べられるようになってきた。
このままいったら、デブになるなぁ…と漫然とそして真剣に考えていた。
でも、休みの日だし…などと惚けて通りを歩いていた。

すると、滑るように私の横に車が…それも、見るからに高級車。
(私を待ち構えたかのように…少し気色ばみ、半身に身構えてしまった)
そして、その車の(真っ黒で中が見えない)ウィンドウが、音もなく下りた。
「センセイ!!どちらに行かれるんですか!?」
 Tである!?。
やっぱり、こいつは「お坊ちゃん」だ。
だが何故と思いながらも、その無邪気な笑顔に促され答えてしまった。
「あ、あぁ、公園…散歩」
少しは、聞き取れるようになった「英語」も、まだ話すとなると「単語を並べる」だけで精一杯。

「一緒に言っても、いいですか」
答える間もなく、するりと彼は車を降り、私の腕をとり歩き出す。
おい、まだ返事もしてないし、それに男に腕組まれる筋合いないぞ!!
と、どぎまぎしていると「日本語、少し話せます。いいですか。」
「えっ…日本語話せるんだ。でも、どうして道場で話しかけなかった!?」
「皆の眼があります。…目立ちたくないんです。」
ふと彼の表情が、寂しげに曇るのを横目にとらえた。

彼は大学で東洋文学、そして日本語を専攻し何度も日本に行っていると道々話した。
そして、後ろからゆっくりと遠くからついてくる「車」のことを…。

彼はイタリア系アメリカ人。
そして、その父は「コーサ・ノストラ」
つまり、この一帯の「ファミリー」の父であるということを。
by katsumi-okuda | 2011-05-27 01:51 | 読物・語り部