武道カラテ稽古日記

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大会を控えて

 今日、日曜夕刻、ケント指導員とMacで彼方合った。
来週一週間ほど私が、手術入院するため東京大会等の連絡事項と引き継ぎを行う為に時間を合わせてもらった。大会用のゼッケンを手渡し出場する選手たちの関することサポートについて話し合った。
 なにせ私の手術日程が、ここへきて定かではなくなったきたせいで大会サポート等を大幅にケント指導員に頼むこととなった。選手として出場する中高校生たちも、歳下の後輩たちの為にサポートするよう話したが、ここは大会に慣れている彼に一任である。今回から暫くケント指導員には、怪我回復のためもあり、選手たちのサポートそして指導の要として動いてもらうこととしている。

 その最中、ふとこんな話しになった。
「自分もRくんOちゃんもみんな少年部上がりですから中学までは、カラテを楽しんでやらせてもらった印象が多いです」
「ですから、子供たちにはまず楽しんでやってもらいたい云々」
そんな話しをしながら指導について少しずつ深く考えるようになった彼を頼もしくも思った。


 いつの頃からか大会会場で「ある違和感」を感じて久しい。
以前にも書いたことだが、子供たちの試合での「周りの大人たち」の言動である。
まるで「親たち」が「指導者」なのである。
確かに勝たせたい。そのための声援は大いに結構。
勝てば大いに褒めてあげる。負けて悔しさに涙しているときは大きな愛情で包んであげるだけでいい。それ以外、その場では、親もそして指導者でさえも、何もいらないと思っている。

 負けて悔しいのは当の本人である。
まして年端もいかない子供たち。その場でああすればよかったのにとか事細かな戦略の話し等わかろうはずもない。それは、時と場所を移し冷静な立場から「先生」が伝え教えてあげればいいだけの話しである。それを「親」までが「指導者」になってしまっては、子供は萎縮し次にやる気を無くしてさえしまう。
子供でも、ゆっくりと「休む」時と場所は必要なのである。
いや子供だからこそ大切なことだと断言させてもらう。


結果、少し成長してから反抗期と共にそんな親の進言を疎ましく思う。
そして、その道から遠のいてしまう一つの因となってしまうことを見過ごしてはならない。

「指導者」とは本来その分野で成果の有る無しに関わらず、一定期間、数限りない辛酸と厳しい練習と試合の葛藤を味わった者であり、またそうでなければならない。
なぜならば、その先のことを熟知しているからこそかけられる言葉や行いがあるから。
それは、例え文芸の世界であれスポーツの世界であれ同じことである。
例えば、野球好きの父親があれこれ家庭でコーチの真似事はしても、まさか試合中にどうのこうのと試合場にまで出張ってくる様は見たことがないはずである。

ところが、それが、このカラテの世界では往々にしておきる奇怪な現象なのである。
親が、ミットを持ちUPの手助けをするのは、まだわかる。
しかし、戦略や技のどうのこうの口出しする様は、頂けない。
それは、その子を指導する先生を否定することにも、なりかねない大変失礼な振る舞いだということに気づかれていないのだろうか。
勝たせたいのは、わかる。
だが、何事もそうだが「度を超しては」何の意味もないことを忘れないで頂きたい。
戦うのは、痛くて辛い思いをするのは、当の本人なのである。
怖さや緊張に打ち震えている子を励ますことは、大いにして当たり前。
だが、相手をやっつけろと嗾ける体は、言葉は悪いが「闘犬扱い」だ。
本人は、そう思わなくとも、周りはそう感じていることに気がついて欲しい。
もう少し、これから試合に向かう子供たちにかける言葉を選んで頂きたいものだと切に願わずにはいられない。

試合に出たいと心から願う子には、大いに声援を。
小心で怖がる子供たちには、試合場に立つことでも立派な振る舞いであることを勝ち負けよりも先に伝えてもらいたい。そうすることで一つ自身で立ち向かう、考える力、独立・克己心を養うことが出来ていることを多いに褒めて差し上げて欲しい。


だから、それでも指導者の真似事をしたいのであれば、子供たちと同等かそれ以上の「稽古・鍛錬」をし、一定以上その分野で実力をつけてからにして頂きたい。
(事実、子供のミット持ちから体を為し、あげくカラテの新興団体を作り上げてしまった例は、幾らでもある。強ければ勝ちさえすればいいのなら、子供のその先を何も考えていないのならそれもありなのでしょう…哀しいかな)

「前に出ろ」「回り込め」「攻撃の手を休めるな」…では、言っているご父兄の方々、やってみるがいい。どんなに大変で難しいことか。まず自分が体験することを勧める。
私たちの団体の「先生」と名のつく者たちは、それ以上のことをやっている。
だから、その難しさも大変さも承知の上、そして、それぞれの子供たちの特性を理解した上で指導しているのである。今の勝ちにこだわらず、その先または数年先以上を見越し声をかけるかけ続けもする。それが、私たちの道場の有り様であり矜持でもあることを。


私は、指導者であり続ける限り、この稽古鍛錬は続ける。
道場生そして選手たちの痛み・苦しさを知らず指導は到底適わぬものだと信念そして自負のために。
そんな自分や心血を注ぎ稽古に黙々と励む指導員の背中があればこそ、選手たちはついていけると私は信じている
。また、そうでない口先だけの先生のところから「真の人」は、いくらも育まれるはずもない。そして、それをしっかりと見守ってくれるご父兄の皆様の姿勢があればこそ子供たちは、伸びやかに、次なる大きな挑戦もできるものと信じて止まない。

折角の武道、そして試合である。
自身の今までやってきたことを大いにそして楽しく試す場でなければならない。
そのために私たち大人は、それぞれの役割を果たさねばならないことを忘れてはならない。

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by katsumi-okuda | 2013-10-27 23:28 | 評論

再考…型競技化にルールありき

 例えば、子供たちが何か遊びを考え出したとする。
その時、誰からともなく「じゃあ、こうしよう」と子供なりの「ルール」が出される。
そして、いくらか「論議」の後、その遊びが始められる。
その後、彼らなりの「変更」を加えながら、より面白くなるように皆が楽しめるように…。

 これは、どのような物事にも通ずるものでしょう。
昔日、実戦の徒と言われる「極真」が、大会を起こした時、時の総裁は世に問う我々の実戦性を損なわない為の「ルール」作りに腐心したと伝え聞いている。
そして、大会が回を重ねるごとにより良い「最良のルール」を導き出し今日世界に冠たる「フルコンタクトルール」が出来上がった。その是非は未だ進化の途中とも言えるが、何にせよ「初めにありき」を世に問うた総裁の先見性は、今更ながら驚かされる。

…当たり前だが、ルールが定まらないものは「競技」とは言えない。
ルールのない組手は、ただの「闘争」「喧嘩」でしかない。

 翻って、その我々が「型の競技」を施行し始めている。
しかし、その「ルール」は如何ばかりか。
やっている者や見ている者が、わかりやすい「ルール」であるのか。
もとより「型」は、主観的意味合いや見方の多いものである。
それを「競技化」しようというのならば、まずは、その「ルール整備」が重要であると考えている。

 型に勤しむ時間と歴史の少ない我々が、一つの「競技用の型」に「統一」しようというのは、いささか現時点、無理があると思われる。
確かに将来的には、団体共通の「競技用型」が選定されることが、望ましい。
しかし、現行、型競技が進行している状況にあって、まずは誰もが納得し分かりやすい「ルール作り」を行うことが急務
だと考ている。

 そのために我々が「極真」だということを忘れてはならない。
謂わば「実戦の徒」である以上、その型の「基本」とその要諦は「実戦」に即していかなければならないはずである。
ただ闇雲に「見栄え」を論じ主観に走り、一つの道場団体の型に偏ることなく「基準」を設けていかなければならない。何故なら、一つの道場の型がいいからと言って、それに偏れば全体の進化は臨めない。組手競技が、そうであったようにさまざまなものを取捨選択し進出に富む「極真」の伝統を型のその領域まで浸透させねばならないし、そうあるべきだと確信もしている。

 基準となる「ルール」作りには、さまざまな解釈や論議が持たれよう。
当然でありまた、そうでなければならない。
一人の言質に頼るところに「公平なルール」は生まれるものではない。
さまざまな意見を「極真」という方向性に合わせ議論
していくことで成立するものだと思っている。


 例えば、実戦、競技において「人を倒す」一点において論ずると…
一、正拳、手刀、中足、足刀等の形とその技の位置(正しく相手の急所を打突しているか)
二、構えの正しさ(ex;前屈の長さは身長の三分の二。幅は肩幅を基準とする。)
三、素早い移動と転身(組手の素早さに通ずる身体操作)


 これらは、確かに古伝より言われている型の要諦の一部ではあるが、そのまま我々の実戦に即してはいないだろうか。そして、例えば、これらをどう点数・数値化していくかであろうと思われる。
加えて忘れてはならないのが、その競技を裁く「眼」つまり「審判」を育成することにある。
いくら正しい型をうったところで、見る方(審判)が、いつまでも主観に偏った見方や不慣れでは、競技として成立するはずもないことを胆に命ずべきであろう。
審判の見方もさることながら、自らも型の修練に日々努めなければならない。
お座なりに型の審判講習ばかりやっていては、そこから先の広がりもないと知らねばならない。
基準点を見るだけなら誰でも出来る。
そこから一瞬のうちに数値化し判断する能力とは、ふだんの自身の鍛錬によるところが大きい。
少なくとも、自分が、人前で全ての型が満足にうてなくては、人の型を論ずることは適わない。
その選手以上にそのことに熟知するところから全てが、始まると真摯に取り組むべきであろう。

 進出に富んだ我々の尊い伝統は、そこに受け継がれなければならない。
一つに偏ることなく、伝統と実戦性を重んじた「統一型」が出来るまでまずは、そこに熟考すべきだと論じて止まない。

 まずは、競技用の「基本ルール」の制定。
それに即した審判員の育成。
それを基準とした審判講習の随時開催。
そして、全国各地で同等の基準で小さな試合そして大会から施行し、それらから全国大会へとつなげていくことを切望する。

 型を真に競技化し世に誇れるものとするならば、先ずは「ルールありき」と断言して止まない。
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by katsumi-okuda | 2013-05-27 00:48 | 評論

再考…極真空手における型の意味合いとこれから

 ここ数年、試合・大会ごとに再考が問われている「型競技」に関することについて私見として再度
述べておきたいと思う。

 はじめに型の競技をするなら少なくとも「誰もが納得出来るような」例えば「数値・点数化」された採点法が、その団体津々浦々に伝わっていなければならない。
型は、体操やフィギュアスケート・シンクロに代表される「技術点」と「芸術点」などによって競い合う試合であることは、否めない。
 そのため「明確な」点数化は、当然と言えば当然。
いつまでも、審判の「主観」に頼るような「曖昧・感情論的」な評価は、ただ悪戯に競技そして技術の歪曲化と混乱を招くだけであると推察出来る。


 私が若い頃、今から四十年程以前、極真会館総本部で型を満足に稽古した覚えはない。
審査が近いから「型もやっておくか」「知ってる先輩から習っておけ」というのが、当たり前の時代。何故こんなことが、普通にあったのかと言えば、とりもなおさず「組手が強ければ話しにならない」「型をやっていても組手や大会に勝てない」といった当時の思想、潮流がそれを押し進めていたのである。
 旧来の型からなる「組手」と一線を画した極真空手は、当時「ケンカ空手」と同じ空手の世界から異端視、揶揄されていた。
しかし、当時の極真空手は、進出に富みどうすれば人は倒せるか、どうすればそれらを競技化していけるかという簡単で難しい命題に直面していた。また、そうしなければ「極真」とは何をもって「極真」なのかということを世に知らしめなければならない時代とその背景が端然とあった。

 そのため旧来の組手スタイル(伝統派)から少しずつ逸脱・乖離し、新しい「カラテ」を築き上げるに至った。そして、その組手スタイルは、競技化が進むにつれ日進月歩の勢いで進化・発展していった。ただ、そのスタイルは、当然旧来の「伝統的な組手」つまり「型」からなったであろう一つの形からの離別でもあったのは当然の帰結である。

 時代は移り、創始者亡き後、各団体は自身のアイデンティティを鼓舞する意味合いと特に少年部の競技人口の増大と競技の多様性を求め「型競技」の選定と指導に重きをおくようになった。
しかし、今まで組手に特化した団体が、型競技そしてそのための指導にスムースに移行出来るはずもないのは周知の事実であり、それを急ぐあまり指導する側や大会を主催する者は、さまざまな問題に行き当たることとなった。

 型を教える先生や団体、そして型を教わった年代によって、その仔細が、変化してしまう。
これが現代の極真空手の現状でもある。
伝統派の世界からしたら笑われてしまう問題が、そこに横たわっている。
何故なら、未だ型の競技に至る時間(指導する側も含め)が足りなすぎるからに他ならない。
伝統派は、少なくとも明治以来型の研鑽に勤め、今でもその稽古の大部分を型稽古に費やしている。
翻って私たち極真は、型稽古に目覚めよく稽古した者でも、ここ良くても十年程ではないだろうか。
 無論、時間が長ければいいという問題ではない。
しかし、それに費やした時間と研鑽は無駄ではなかろう。
一つの型を団体で「すりあわせて」いくことだけでも、容易なことではない。
まして、それを持って競技化していこうというためには、合理的な研究が、多くなされたに難くない。

 それでも、型競技を進めていこうというのであれば、それなりの研鑽はあって当然。
また、その合理的な競技・採点法がなければ、ならないはずである。
まだ稚拙・発展段階とも言える我々の型を真に「極真の型」と言えるまでにするには、それら避けては通れない道理があろうと考ている。

 現在、我々が競技で行っている「型」の大部分が伝統派のそれに追従している。
それ自体どうのではないが、どうも勘違いしている人たちがいるので一考したい。
例えば、平安・ゲキサイ・セイエンチン・サイハ(その他の型は、アレンジが強過ぎ、ここでは再考からは除く)などは、伝統派から言わせれば「初級の型」もっと有り体に言えば当時の中学生や初心者にカラテの抑揚を知らしめるための「基本型」に他ならない。
よって、難しい解釈は一先ずおくことにしていたと伝え聞く。

 そして、その型の出来、不出来は「正しい順番」を覚え、「正しい形」が出来ているかによった。
つまり、技の強弱はいいとしても「緩急」や「居着き」「実戦性」は求められていなかった。
何故なら「どうして初心者に緩急が、わかります!?ただの速いと遅いだけになってしまう。居着いているってどんなことを言うの!?いや、何秒そこに止まってたらいけないのなどと聞かれてしまいますし、それらを体現するのなら、もっと稽古しなければ…」…これは、若い頃、伝統派の重鎮と言われた先生から言われた言葉である。それでも、それらの型を良くすることによって得られる効用も、私は聞いているし、今でもそのつもりで、それら「初級」の型の稽古を疎かにするつもりは毛頭ない。

 型の「表現力」とは、悪くすると「見栄え」の良さにすり替わるものである。
見た目、格好よければいいとなれば、少なくとも「舞踏」の心得のあるほうが有利になってしまう、それこそ笑えない現実がある。
そして、それを評価する我々も、いつまでも、それら「主観」に甘えていると大切なモノを見誤ることになることを自戒して止まない。
 どうしても、それらに「実戦性」と「表現力」を問うならば、我々こそが稽古し続けなければならないはずである。そして、一つの型の動作から「実戦性」が汲み取れる指導とそのカリキュラムがなければならない。

 人は、闇雲に力一杯叩いても倒れるものではない。だから、人との呼吸の狭間を縫う「緩急」「強弱」そして「技の正確性」が必要なのである。
曲がった手首やぬるい握りからなる正拳で、実際人など倒せるはずもなかろう。
曲がった指先(抜き手)で人など制することなど出来るはずがない。
正しい体重移動のない突きや蹴り、技と技の切れ目のスムースさのない動きに人を翻弄する組手は体現出来るはずもない。
数え上げれば切りがない…。

つまり、その型に、どんな型であろうと「実戦性」を求めるのであれば、少なくともまずは「実戦の基本」となる「要諦」を満たしているかどうかではないだろうか。

例えば、よく組手でも「前に出した手を開いて構える」人たちがいる。
そのこと自体、間違いではないが、知っていてもらいたいことがある。
その構えは、相手を掴み引き回し技をかけてよかった昔の構えであるということを。
つまり、それを今の競技につかうというのは…少々難解だということを知ってもらいたい。
と同様にわずかに手を開いてから握り込む拳の技の決め方も、私たち今の競技には不要であり、あまつさえ危険でもある(特に初級や子供たちで指の裂傷をおうのは、往々にして正拳の作り方が甘いのが要因、また叩いても効かない突きというのも、それに当てはまる)ということを…。


 あえて「型の競技化」を行っていくのであれば前述した手順は不可欠だと考ている。
子供たちは子供たちなりの、上級なら上級なりの点数評価をしなければなるまい。
そうでなければ、いつまでたっても「あっちの大会で勝てたのに、ここでは初戦も勝てない」「同じ同門でどう見ても上手い子が、負けている」そんな不条理が、あとを立たない。
 そして、組手至上主義に偏るあまり、いつまでたっても我々の型は、日陰者扱いされ続け、それ以上の進化発展は、望むべくもないと知らねばならないだろう。

そんなことをしていると謂わば勝手に「型」の形を変え、これこそが極真の型なんだと海外から言われてしまう最悪の始末になりかねない危惧を抱くのは、私ばかりではあるまい。
現実問題、とある団体の型の元は「欧州」からのものだと聞いたことがあるが、なんとも情けない限りであろう。
by katsumi-okuda | 2013-04-11 16:11 | 評論

大会講評

 三回目となるこの神奈川県大会。
日程上、七月開催となったことが、逆に作用したかのように参加人員が多かった。
他で主だった試合が、なかったせいか大挙して「選手」が揃った感があった。

 特に「中学生」のクラスは、いつにもまして「レベル」が高かった印象があった。
それまで小学生高学年だった有力選手が、揃って次に上がってきているのが一つの要因。
そして、技術・体力面での大きな変化が見て取れた。

 それまでの幼い体躯から少しずつではあるが、頑強なそれを選手たちは、一応に身に付け始めていた。
そして、その「技」は、防具とルールを高度なまでに意識した「戦略」を身に纏うまでになっていた。
兎も角、間近で裁いていて「眼を見張る」シーンを何度となく見せつけられた。
私たちの中学生たちも、弱くはないが、いかんせん「場数」が足りない。
つまり、あと少し経験値をつまなければ、上位へは行けない。
しかし、この経験は彼らにとって、大きな財産になったことは事実。
体力面では、どうやら肩が並ぶまでにはなった。
そして、それをいかに我慢強く、正しく詰み続けることが出来るか否か…である。

私はことあるごとに言っている。
「中学生の時期からしばらくは、勝てなくなる。悩みも多くなる。しかし、その色々な経験を積み上げてこそ本当に強くなる。焦る必要は無い。今勝てないからと腐る必要は無い。
それをどう活かしていくか、それが問題であり、その時々の反省点を真摯に取り組むことを忘れてはならない。」一般部で活躍している先輩達の背中を観て、そして、弛まぬ稽古を詰んで欲しい。
続けた者こそが、勝者であることを忘れてはならない。
そして、その言葉は、そのまま私たちにも当てはまる自戒でもある。

今回は、三部門で「準優勝」ということになった。
しかし、前述したように「あと一歩」が足らなかった。
ケントは、本人も「延長」と思っていたところ、思わずあっさり本戦判定負けに少々戸惑ってはいたが、やはり、あとで本人とも確認したが、当日の調子が今ひとつ上がらず、得意の後半ラッシュの回転が不足していたため、あと一押しが足らなかった。そのため「押された」印象を審判にもたれてしまったことが、一つの敗因。当日の調子に合わせた「戦略ミス」とも言えるため、今後の良い課題が見定められたと言っていい。

壮年のARAIさんは、あとで聞いた所「病み上がり」だったということだが、中々の戦い方ではなかったかと思うが、やはり、稽古不足なのか「あと一押し・あと一歩」が足らない。
そのため折角、対格差で突き放す突きや重い下段も、単発に観られたのは痛かった。
相手との間合いの詰め方とそこからの「まとめ方」を意識していたらと裁いていて感じてならなかった。その意味では、大変惜しかったように思う。

一般初級のSUDO、彼はある意味「運」を持っているのかもしれない。
初戦の大きな選手を何とか判定で下している様は、去年の埼玉の再現。
しかし、まだまだである。
兎も角、折角の体格があるのだから、今後も一年以上掛け「基本」からつくり直さねばならない。
それが出来る、または出来たとき、彼は立派に一般の大会で通用すると確信している。
…まずは、私生活から「すべて」を直すくらいでないといけない。

初戦、二回戦で惜しくも散ったOちゃんとKくんは、無論課題も多くあったことと思う。
しかし、本人たち自身も感じていたように「一筋の光」は見えてきたのではないだろうか。
修正すべき点、強化して良かった点、そして、これからの「自分のスタイル」について…。
二人とも他の者を寄せ付けぬ手足がある。そして、動きがある。
それにもまして、物事に対する真摯さが見て取れる。
しかし、時としてそれは、裏目に出ることも間々ある。
不真面目であれとは、言わない。
しかし、時として「遊ぶ」ことも大切だと思っている。
試合中の最中、遊ぶとは…どんなことか。
それを自分なりに模索してもらいたい。

試合でしか語れないことがある。
試合に出たからこそわかることもある。
そして、それをどう活かすかは…いつも言っているが「自分次第」である。
悔しかったり、落ち込むこともあろう。
それこそが「人」たる所以。
それを次にどう活かしていくか、考えられるのもまた「人」。
試合とは、自分のすべてを「試す場」なのだから…。

  追   補
 そういえば、一般の初級だったか…。
一人の選手が試合中に口にしていたマウスピースを吐き出した!!
それ自体よくあることだが、その選手(まだ試合経験も浅かろう)は、あろうことか試合場のマットにそれを吐き捨てた。終了間際で試合をとめる流れに至らず、そのまま判定。
結局、そのことも響いてかその選手は負けた。
主審をしていた私は、判定を出し、その場を去ろうとする「その選手」に強く勧告しておいた。
…本来なら、殴り飛ばしていたかもしれない…
そんな意志を込めた強い口調にも、その選手はただ戸惑っていたが…。
ともかく、選手をあげる道場・団体は、よくそのルールそして礼節を厳守してもらいたいものだと強く思った。(主審の席に戻ると、後ろにいたフルコンのライターさんにそのことを尋ねられた…同じ思いだったことに少し気持ちは収まった。しかし、流石によく観ておられる。)
by katsumi-okuda | 2011-07-26 01:27 | 評論

型の一つの意味…

 特に日本武道の場合、型(または形)が稽古の要諦を成す場合が多い。
無論、型には、いろいろな意味合いがある。
ただ現代にあって、その意味は画一化しつつあることに私は、どうしても疑念を抱く。

「型のように戦う」「型は実戦である」と声だかに言う者もいる。
それも、一面当たっているとも言える。
しかし、どう考えても、自在に動き回る実戦の最中、それをそのまま体現するということに不可能ではと思う方が、普通の感覚であろうし、事実、そのまま使っている場面を見た事はない。

それでも「型そして基本が、組手の命」と言われる。
それは、いかな理由からか。

若い頃、多くの諸先生方に師事していたことがあり、そしてその稽古のどの場合にも同じ事を聞いたことを思い出す。「形通りにやりなさい。正しい姿勢と技を修得しなさい。」
当時、言われるがままやってはいたが、それが、自分の組手にどんな効果があるのかも分からず。
ただ何となく感覚的に良い事だというのは理解は出来た。
そして、それを理解するために多くの時を費やした事も事実。

ある時、合気道の塩田先生から言われた一言が、その多くを物語っていた。
「本当の実戦のとき、型の通り(合気道の型)投げられりゃ、それにこしたことはない。だが、そんなことは稀だよ。それより、どんな形でも、相手を倒さなくちゃだめだよ。」
「今、あんたら若い人たちが、やっている型は、あくまでも形(基本)であって、それはそれで本当に大事な事だよ。それが、なければ次は、生まれない。」
「基本があるからこそ、いざというとき心身が一つになって動くんだよ。」
「型は、いざというときのために動ける基本的な心身を造り上げる大事なモノだよ」

型とは、心身を造り上げる手立ての一つ。
型によって、真に動ける身体操作の要を学べるもの。
型によって造り上げられた心身を使い、火急の時、過不足なく動ける自在の心身を会得すること。

確かに使える型の動作も、ある。
しかし、その大部分は、特に現代の競技では使えない。
ただ、その動きの要は同じであると知るべきである。
どこが、どう繋がっているか、結びついているか、それを知る事は難しい。
それでも、やり込むことによって明らかに動きの一つ々が、変わるものである。

例えば、正しい握りを基本によって、また動きのある型によって造り上げた者は、どんなに身体が軽かろうと「重い・倒せる突き」を成す事が出来る。
これは、私が幾多の試合を主審として目の前で裁いてきた経験からも、言える事である。
勝ち上がる者の多くの突きは、どんな打突を繰り広げても、決して手首は曲がらず「正しい突き」になっている。どんなに激しくバランスを崩しがちな動きの中でも、基本の出来ている者の蹴りは、決して、その威力と速さを失わない。これは、何も身体能力の高さばかりではない(ウェイトによって造り上げるばかりが能ではない)動きの中で造り上げた「技」こそが、使えるそして倒せる「技」であると知るべきである。

 何事もそうであるように一足飛びに「上達」することは、そうあるものではない。
だからといって、先に挑む気概がなければ、ならない。
そして、それに沿うだけの「基本」が、なければ上達は望むべくもない。

 故に「技」を至上とする「武道」の場合、それを一義とするのである。
時代と共に生死を賭す戦いから乖離し、そこに高い精神性を内包しようとした武道は、その本来の技の意味合いを隠匿することとなった。それを知らず、上っ面で「型を実戦で…」と見当違いの論を張ることの無用・無謀さを知るべきであり、真摯に尚、それに向き合わねば現代の武道には成り得ない。

あくまで現代に生きる武道である以上、その用法を高め深化させなければならない。
型による心身操作を完璧を目指して行う事によって、自身の組手の質も高めていく事。
型競技のように、ただ「奇麗」ではなく、実戦の「美しさ」を体現出来るよう努めなければならない。

…まずは「組手のような型」が、一つでも行えるよう精進致しましょう。
難しい話しや理屈は、その後からで十分…いや、真の型が行えれば理屈はいらないのではないか…。
論より稽古あるのみです。
by katsumi-okuda | 2011-06-18 00:57 | 評論

何故「基本」と「組手」に相違が…

 月末に行われる「技術交流会」に向けて、再度取りまとめておくことと致します。

一「何故、基本と組手の姿、形がこうも違うのか?」
二「競技の為に基本は、行うべきなのか?そのためには、どうすれば…」

現在の競技を見れば、何も私たち極真だけではなく伝統派、そして柔剣道に至までその命題はついて回ります。

 端的に一の命題について言えば「それぞれの成り立ちが違う」という事です。
現在、行われている「基本」と言われるものは、その昔空手普及の為に先人が、型より抜粋、創作したものが大部分です。基本から型ではなく、あくまで「型ありき」なのです。
型を一般の人たちに広めよう教えていこうとしたとき、それは少なくとも難解で覚えづらいものでありました。そのために分かり易く覚え易い部分、そして大切な部分を抜粋し、やらせていた経緯があります。初めは、型の一部分ですから、いくつかの動作から成る「移動」でした。
しかし、指導する過程で「その場で行える」「基本」を考案するに至りました。
多分に、それは国内に普及する際、柔道特に剣道の基本、稽古方法が参照された跡が見て取れます。
 つまり、現在の「基本」と言われる多くのものは「型の修得の手始め」として考案されたものであり、伝統派では、そのためか基本そのものに多くの時間を割いていないのも頷けます。

 しかし、それでも「基本はすべての源」という言葉をカラテのみならず全ての武道で聞きます。
これは、何を意味しているのでしょうか。
それは、その基本動作に上達のための要諦が、含まれることを示唆しているものと思われます。
幕末の頃、剣術の世界で型のみで達人と称された者が、多くいた。
そして現代に至り、先人の多くにもそれを体現した人たちがいたことを私たちは知っています。
晩年、総裁が「基本が大事」と常に檄を飛ばされていた事も、それと無関係ではありません。
しかし、その重要性を構築される前に…。
残された私たちは、その重要性と真の武道を希求し体現する為にも「基本」の何たるかを日々の稽古で思考していかなければなりません。
そして、その道程は、容易なものではないことも承知せねばなりません。

 つまり、型のように動き組手としていた時代であれば、基本の有り様も大事さも、今より分かり易いものだったと解釈もされます。
しかし、競技化が進み、現代人としての身体的な進化、社会的な武術の必要性とあり方など変遷していくにつれ、その基本の持つ意味合いが、希薄または希釈されたことを忘れてはならない。
特に安全性と競技性に秀でた「極真スタイル」の組手は、進化を続けている。
ならば、そこに今一度「基本」の新しい意味合いを構築する時期に私は、きているものと考えてる。

先人のいや先輩たちの多くは「量の稽古」を敢行し、その中から無意識に「その道」を見いだそうと試みていた。私も、若い頃ただ闇雲に只々「量の稽古」に腐心した。それこそ、何かに取り付かれたかのように…。確かに気が遠くなるほど基本をやり通した数日は、自身の手足が無意識に「走る」感覚を確かな手応えとして感じていた。それが、どうしてそうなるのかまでは考えもしなかったが、確かに基本の大事さを身をもって知った一時であったことには違いはなかった。

 型の修得の為に存在した「基本」を武道の要である「秘伝」にまで昇華させられるとしたら、また、現代の競技にまで活かせるものにしていけること…。
これが、私たち残された者の大きな々「宿題」であると思っている。
また、どこの「極真」もそれを為し得ていないのであれば、率先し私たちが行うべきだと考えている。
そのために絶えず「思考」した稽古と反復が、この身に必要な事は言うまでもない。


一時期、試合前の選手の多くが、自発的に「三戦」の型をやっている光景を目にしていた。
「これをやっておくと感覚的にですが、腰が落ち着いて、突きも蹴りも安定し出し易いと思います。」
全員が全員口を揃えて言っていたことを覚えています。当時、教えていた私も多分に感覚的にそう感じていたことを伝えていたのですが、それが、今の命題の大きな解釈の一つの工程になっているのです。
又、通常の稽古で「基本」をよくこなしている者ほど、試合でも「よい技」を出していることに気づきます。確かに身体能力に優れた者は、その限りでない者もいるのでしょうが、それでも、そんな者たちこそ、その、つまり「基本」の重要性に気づいているのです。

 基本とは当然、その場に立ち止まった姿勢で行われるものです。
組手は、猛然と動きながら打突を繰り広げている…しかし、その刹那は「立ち止まっている」ということを忘れてはならない。そこに実は「基本」を行う必然性と重要性が秘められている。
次回は、いかに競技に活かせるか、活かす為にどう意識していくかを述べたいと思います。
by katsumi-okuda | 2010-10-24 21:40 | 評論

型を組手に活かす…実践理論編その一

 さて、私は明日から「札幌行き」です。
私用と北海道の師範に会いに行くのですが、何年ぶりかの「帰郷」です。
札幌北大前で生まれ、小学五年生終わりまで市内で生活しておりました。それから、父親の仕事を手伝いに(といっても、アルバイトですが…)十、二十代の頃数回。そして、予備校講師時代に…。
どちらにしても、久しぶりですので少し浮き足だっている自分が、気恥ずかしくも思います。

 そして、今皆さんに型稽古に勤しんでもらっていますが、その効用と実践についてまとめていきたいと思いますのでお付き合い下さい。

よく聞くことですが「型稽古をやったからといって競技には関係ないのでは!?いや、遠回りか邪魔になるのではないか」という意見を耳にすることも多々あります。特に新興の格闘系流派が、台頭していた時期は、そんな意見も正論のように喧伝されていました。
しかし、この「直接打撃制」という「競技」は、未だ日も浅く、その理論解析も侭ならぬ中、それでも、やはり「型稽古」の重要性をいち早く第一線の選手たちが、気づき始めた。
そして、その理論と実践を自分なりに解釈し組手で試合で使おうという試みが、多く見受けられるようになり始め、現在多くの解釈が進んでいると認められる。

ただ、そのどれもが、自分なりの解釈が多く、使い物にならない。
身体が大きく力のある選手が、いくら型について何を唱えても真実みに欠ける嫌いがあるのは否めない。また、実戦から遠く離れた「先生」が、神懸かり的な論法をヒケラカしても、失笑に過ぎない。

真の理論とは、それを誰もが「トレース」したとき、その効用がはっきりと論証されねばならない。
まして「競技としての極真カラテ」をである。

私は仕事柄、よく勉強に例えながら稽古や鍛錬を説くことをする。
勉強と稽古は、大変良く似ていると常々思っている。何故なら、特に「語学」に関してカラテ同様、共に「技術」をマスターするという観点において共通項があると思っている。

例えば「英会話をマスターするためには、どうするか」と聞かれ、どう答えるだろう。いやどう勉強していくだろう。その多くは「反復練習」であり「条件反射」のように英語が、口をついて出てくるまでの練習であろう。相手の英語を聞いて日本語に訳して英語に戻して話していては…それこそ話しにならない、使い物にならないし一生かけてもマスターは、覚束ないのではないだろうか。

その英会話をマスターするためによく言われるのが「中学、多くて高校一年程度の文法が出来ること」が、その早道の一つとされているが、何やら私たちの「カラテ」の世界に大変似た話しではないだろうか。スラングだけの英会話では、先がしれている。しっかりした文法に則った正しくそして簡単な構文をどれだけ修得しているかが、鍵である。

しかし、それを使いこなそうとした時、膨大な時間がいることは確かである。
それを厭うて「実」は、なるものではない。
型の効用も、それとよく似ていると実感している。
どれだけ多くの型をやったからと言って一朝一夕に「使える」ようには中々ならないのも事実である。
しかし、それをどれだけ意識してやっているかで必ず「先」が開けてくることも又事実。

相手がこうきたら、こう返そうなどと悠長なことを考えて競技は出来るものではない。
激しい打突の最中に「反射」として出てくる「技」でなければ「活きた技」とはいえない。
相手が大きいから、相手が強い打撃をもっているから出来ない…それを半解という。
相手が大きかろうが強かろうが、毎度いつもと変わらず「型」をやっているときのように動かなければならない。そのための心身は鍛え上げておくことは、一つの命題であり、それを無視して競技は語れない。それは、会話に対応出来る多く単語や知識を絶えず心身に染み込ませる作業に似ている。
「力も技のうち」とは総裁の名言金句である。

ただ注意して思考しなければならないことがある。
それは、今の競技カラテの変遷と型の生誕に大きな時間的なズレがあるということである。
本来、型とは、それを造り上げた古人が、その時命がけで戦った幾千の戦い方から集約されたものであり「生き死に」をかけた「試合(当時の人たちは死合いとも解釈していた」を想定したものである。
それを現代の「競技」そのものに、そのまま当てはめようとするところに「無理」がある。

これが極真創世記の時のように、それこそ「何でもあり」という「組手=喧嘩」であればその効用と実践にも大きな隔たりは認められなかったやも知れない。目突き、金的、掴み等、それらは最強、最良の技の一つであるが、残念(?)ながら現代では「反則」である。
そして、それらは何と多くの「型」に多く点在するところに大きな矛盾を孕んでいると認められる。
ゆえに「型なんかやってないでミットを多く蹴ったり突いたりしたほうが…」という論調が出てくるのも、ある反面致し方なしともとれるのである。

それでも、私は「型稽古」を否定しない。
いや、それどころか「得るものが多い」と常々感じている。
例えば、腰の上下動をなくすこと、脇を開かず相手に悟られぬ突きを工夫する術、相手の出足を捉える心身の緩急、それらを私は、型に学んだといっても過言ではない。
つまるところ、実も蓋もない言い方だが、何にせよ、それをどう活かすかは、自分次第ではなかろうか。折角、型という財産が、私たちの手元にある以上、それを創意工夫しない手はないのではないか。

確かに今の競技を観ていて思うことがある。
相手は格下なのに手こずる黒帯がいる。一撃で倒せとは言わないまでも、もう少し何とかならないものか。相手が巨躯だから押されて負けた!?いろいろな条件下があるため寸評は避けるが、それでもどうにかする手立ては、いくらでもあると…。
それでも、小さく痩身な、それでいて鬼のように強い選手とは、いるものである。
才能だけではない、それこそ血の出るような鍛錬で培った鋼の身体と強い心、そしてそれに裏打ちされた正しい「技」をもって真正面から打ち勝っているモノたちが、いることを忘れてはならない。
厳しい言い方だが、そんな相手に飲まれてしまうということは、結局「真の技」が欠けているということの一面を忘れないで頂きたい。

型を組手に活かす稽古の一つとして…。
相手の攻撃を一定時間、全て「捌く」「いなす」稽古をすること。
その際、相手の攻撃に真正面からぶつからないことを主とし、相手の攻撃が来た刹那に受け流す、または、相手の攻撃の隙間を「読む」よう心がける。そして、絶えず一定の歩幅と腰の高さを保ち、且つ相手との「間」を一定にすること。要は前後左右どちらでも動ける軸を身体に意識すること。

次に…慣れるに従い動きに緩急をつけ自身の攻撃を一手加えていく。
つまり、相手の攻撃に「合わせる基本技」を身につけていくこと。
例えば、相手の突きを受け流しながら突いていく、もしくは蹴りをつなぐ。一瞬、相手との間を外し、そこから瞬時に強く静かに速く踏み込む型のように相手に寄り攻撃をなす。そして、次の刹那、相手が反応し反撃をしようとしたとき、そこから間を外す。

相手によっては、全く上手くいかないことも間々あること。
しかし、それを稽古とし、試行錯誤することである。
そして、それこそが「反復練習」の重要性であると認識しなければならない。
何事も、そうであるように「一つ失敗するということは、成功に一つ近づく」
ということを忘れずに精進して頂きたい。
by katsumi-okuda | 2010-05-08 02:53 | 評論

昇段…真の強さ、それぞれ

 昇段審査を終えて、真新しい「黒帯」を頂く。
その時の感慨は、一入である。たとえ人それぞれでも、それは古から変わらぬもの。

私たち極真カラテの昇段には、一般部で早くても四年以上の歳月を稽古に費やさねばならない。
特に私が総本部に在籍していた時代、同輩が百人いても、そこにたどり着くまでに三人に満たない者しか残れなかった。稽古自体、キツい厳しい事もさることながら、人それぞれ、さまざまな事情そしてその道場内の雰囲気や上下間の軋轢に挫けてしまうことも、間々あったのも事実である。
その全てを乗り越えての「昇段」である。嬉しくない訳がない。
(ただ私の場合、諸事情があり、感慨に耽っている時間もなく慌ただしかった事だけ記憶しています)

そして、極真カラテの「昇段」といえば「十人組手」に代表される「多人数組手」が上げられます。
しかし、私の時代明記はされていたが、その規定は曖昧でした。事実、私は五六人程度しかやっていません。その代わり普段の稽古では、気を失う程「組手」が続いていたのも事実です。そのことを総裁は、十分承知されていましたから、審査では「奇麗な組手」を私たちに要請されていたように思えます。

ただ極真が、マスコミにもてはやされるとともに「多人数組手」は、その「看板」となってしまった。
しかし、それが実施されるとすぐに「ある矛盾」に誰もが、気づく事になる。
十人や二十人ならまだしも、それ以上は余程強いか、そして若くて体力がある者にしか出来ないではないか、つまり当時の選手しか挑む事の出来ない「昇段」になってしまっていたのです。
結果、選手が五段でその先生が初段という話しが、あちこちで生まれた時代でもありました。
そして、初段までしか出来ないのだからと道場を去っていく人たちの多かった時代でもありました。
その後、確かにそのような事の是正措置として「支部長合宿」という「昇段合宿」が行われた経緯があるのですが…これも、その内容には多くの疑問点が横たわる事となったのです。

私は、古くからこの事に関して問題を提起しております。
つまり、昇段のその意味とその「多人数組手」の矛盾についてです。考えてみれば、真剣に相手と打突を繰り広げるのであれば、また競技として考えたとき、せいぜい人は10分ももたないのではないか。
それなのに、その「多人数組手」の意味合いとは何なのか。道場生同士、いつも顔を合わせている者も少なくない審査会である。どうしても、組手は道場の「それ」にならざるえない。
つまり、試合場に見る「組手」ではなくなっているのである。
であるなら、尚の事、競技にほど遠い組手を多人数敢行する意味とは、いったい何なのか…。

それなら、それと明記し「道場内での組手」を正しく観るべきであると思っている。
多人数自体が、悪いのではない。それを恰も、金言のように掲げていたのでは、武道としての道標、そして広く深く武道を追求する道が、途絶えてしまう恐れを危惧してならないのである。

私の道場では、通常多人数は行われてている。
無論、道場内のそれである以上、相手を倒す倒される意味合いを離れ、自身と相手の技、そしてそれに自身の体力が、活かせているか否かを図る「時」として用いられ、又、試合における「技」の修得と履修の為に行われている。
つまり、この場合の多人数とは、稽古の一環における「量による修得」を意味している。
実戦、競技を前提とし「その技、体力が、有効か否か」を自身の心身をもって客観的に査定する時間でもあると考える。そのためには「実験の量」は大きな判断基準となるため、稽古内における多人数組手は、その意味欠かす事の出来ない「稽古・鍛錬」と位置づけているのである。

今後、広く多くの人たちが長くこのカラテに携わって頂きたい思いから、私共の団体では、真の「昇段審査」そして「研修」を思考しております。
この前も福島の門馬師範と話しましたが、普段の稽古がどれだけ出来ているかを観るのが審査なのです。それは初心者も私たち上級者も、変わりはありません。上級者だからこそ出来なくてはならないことも多々あります。そして、年長者だからこそ普段の稽古が、出来ているかどうかが大事なのではないでしょうか。

神殿にふんぞり返り腹の出た漫画のようなそんな「先生」に道場生は、憧憬を抱くでしょうか。
歳だからといってお金や温情だけで昇段をもらうような間抜けな事に人は、憧れ、そして尊敬の念を抱くのでしょうか。
少なくとも、私や門馬師範は、そんな姿には、なりたくもないし、ならないと断言しておきます。
…そうなったら、私はさっさと引退しますし、何より段位には興味がないのが本音です。興味があるのは、自身がどれだけ出来るよう巧くなったかどうかだけですから…引退は、その意味でも、当分先の事と思っております。但し、稽古は、この身体が朽ちるまで「継続」します(^^)後をついてくる皆さんは、多分に迷惑だと知りつつ…。

歳を経てからの強さとは…その「基準値」も昇段にかかわる大事な要諦でもあります。
初め、若い頃は、持てる体力を存分に使い切り「力と体力」で勝つ事を第一とするべきです。やたら技にばかり走り過ぎ老成していては、伸びるモノものびません。
そして、次に至りて「技」で勝つ事を旨としていくことを思考していかなければなりません。
それが、過ぎた後、武芸とは「人として」どうあるべきかを問われる「昇段」に差し掛かるものと解し日々の精進、日常すべてを「稽古、鍛錬の場」としていかなければならないと思っています。

人は当然、老いていくものです。
そのとき、若い者と同じ稽古量を誇るのも人それぞれです。良いとも言えましょう。
しかし、その時に至りては、日常のすべての行い、振る舞い全てを稽古、鍛錬に替えられていれば、最上と思っています。
しかし、私は、まだ幸いにして「道の途中」。
思考し、身をもって試行することでしか、私たちのカラテの回答はないものと思っております。
by katsumi-okuda | 2010-03-03 02:07 | 評論

約束事の世界から

 こうも寒暖の差が、激しいと身体に厳しいと思わず身構えてしまいます。
昨日は、春の陽気そして今日から明日にかけて雪になりそうな寒さ…堪えます。
どうやら回復した身体で昨日の激しい稽古から少しいろいろなことをまとめたいと思っています。

 昨日の稽古後、ケント始めOちゃんY本くんたちと暫く歓談。
新しい型を何回か稽古してみると、やはりあっという間に修得。特にケント指導員は、流石に早い。
私たちより若い分そして、組手の経験がここでものを言うように思えました。

 塾も道場も四月が年度変わりと私は、思っています。
そのため、今後の展開を含めて若い指導員たちには、自主的にいろいろ考えてもらいたいと思っています。指導にもたつ立場です。漫然とやっていては、自分のためにもなりません。
教えているときこそ自分の稽古なのですから。

「何故、道場ではいろいろな約束事(挨拶・礼儀)があるのか」
そして、何故それを厳守しなければならないのか。
無論その全てが、自分のカラテに成ることは道理ではあるが、それ以外に大切な事が内包されている。

それは「型に嵌める」「非日常の世界」から得られる「自由」そして「自我の確立」である。
人は、自由気ままに生きられるはずがない。どんな場所でも、どんな年代でも「縛り」があるものである。そして、その「縛り・決まり」の中で自由を得ようとする。
その自由の中から自分自身が、何者であるか、どんなことを目指していかなければならないかを自然知る事となるものである。

昭和の初めやそれ以前なら社会全体が、ゆるやかだが厳しい決まりがそこここに見られ、それを問い質す人々で満ちていた。
しかし現代にあって、その決まりを冷徹に尊守している場面は、稀になってきている。
それは例え規則が、喧しいといわれる学校でさえ個人尊重を全面に押し出した奇怪で変質したものしか見当たらず、そのために自由と我が儘をはき違えた子供や父兄が、見られる結果になってしまっている。私たちは、限られ抑圧された社会や場面にあって、どう対処していかなければならないか個々にその成長過程で学び、それを下敷きにし社会に適応しているはずであった。

しかし、前述の通り自身に約束事と自我がない者が、多く見受けられる社会となってしまった今、私たちは、その「約束事」を求め、このような「世界」にたどり着き、そして、それを尊守するところから自身を振り返り、自我を問い質しているのだと思っている。

そして、自我を限定している場とは、何も道場だけではない。
どんな社会でも某かの自我の限定を伴うものである。また、それなくして円滑な社会生活や人間関係は営めるはずもない。一見、儀式とも思える理不尽で不条理な事柄であっても、そこから得られる「智慧は少なくない。
私たちは、敢えてそれを厳守しているのには、そんな本能の希求があるからなのかもしれない。

相手を死に至らしめることを発祥とした武道でそのことのもつ意味合いは大きい。
それなくして武道足り得ない。
自らの手で相手を倒す、否、死に至らしめる技を例え競技といえども活かしている以上、そこに相手に対する礼儀・礼節は生まれなければならない。そうでなければ、ただの「獣」と同格である。

何故、私たちはそれでも、相手を倒すことを旨とし相手を尊守しなければならないのかと問われれば、競技として又、日々の稽古の過程にあって自身の進捗を相手によって知らしめてもらうが為に礼節を尽くすと考えている。
そうでなければ、相手を倒すだけの技に何の深みも広がりもありはしない。
素手よりも武器だろうし、もっと言えば飛んでくる銃弾に私たちはかなうはずがない。
なのに、日々稽古に汗している多くの武道家たちがいるのは、そのことを知る為でもあり、その厳しく辛い稽古と鍛錬の果てに自身の自己としての確立を希求しているにほかならない。
私たちにとってカラテとは、いや武道とはすべてにおいて、自身が今現在どうあるべきかを知る為の術にほかならないと私は、思っている。
そして、その入り口が「礼節」であり個々の「約束事」である。

型や基本を正しく行う事一つとっても、それは同じである。
確かに自身のカラテの為に合理的な説明もある。
しかし、そればかりでは型のある意味が希薄になってしまうことを忘れてはならない。
それを行っている時、そこに内包される意味合いも含めて稽古に臨まなければならない。

稽古を外的(強く巧くなる事)だけに留めてはならない。
その内包される意味合いも含めて稽古であろう。
初めは、無論、強さ巧さを強く求めるべきである。しかし、ある段階からは、それ以上の事を思考しながら行う事も又大切である。
先人は、それらを長年かけ自然に摂理として感じていたのだと思う。
ただ私たちは、そのことを理解出来る時代にいる。
ならば、早くにそのことに思いを巡らせながら稽古をしていくことも又必要と思わねばならない。

私たちのカラテは、常に深化していかなければならない。
ただ闇雲にわけも分からず儀礼的に礼節を行っては意味がない。
いろいろな事柄を一つ一つ立ち止まり考えながらいく事も又、稽古である。
そこに昨日までは見られなかった自分が垣間見えるものと知りましょう。
私たちのカラテは、旧いものを大事にするだけに留まらず、そこから新しい「智」を得るものと知って下さい。

 厳しい鍛錬と自己統制が、武道と良く言われます。
しかし、単に強くなる事だけではなく、自身を見つめる機会が、稽古そのものだと言う事を
私たち特に年長者、そして指導者は忘れてはなりません。
by katsumi-okuda | 2010-02-11 01:11 | 評論

試合考…防具と技術の向上

 決勝戦の全てを本部席からしっかりと観させてもらいました。
幼年部から一般部まで、そのレベルの高さは特に子供たちのそれは「これ以上の進化は…」
と思わせるものが、ありました。

 本戦そして延長二回を戦い抜いて、そこに本当に僅差しかみられない戦い方。
小さな幼年部の子供たちも、しっかりと地に着いた戦い方をすでにマスターし初めている姿。
試合を終え、ヘルメットを外したその顔色に一つの疲労もみせていない子供たち。
 激しく突いて蹴っていく中にそれぞれの特性(足運び・体重の掛け方)を体現し、その突きと蹴りの鋭さと「重さ」は、大人のそれとは違う意味での完成を良くも悪くも見せている上級者たち。

 これ以上にこの子たちの上達は、このルールの線上にあるのだろうか。
そんなことを暫く考えながら観戦してしまいました。
その中でいろいろな競技上の「矛盾と妥協」も思い当たる事もありました。

 例えば、これ以上「攻撃」に関し優劣がつかないのであれば、あとは「防御」の技量の高まりを考えていくしかないが、今の競技特性がある以上教える側も、そして教わる側も、難解であり、時間のかかるテーマの一つであることを認識しなくてはならない。
 しかし、それ以上になる、つまり一般部での戦い方を修得していくならば、それらは、どこかで「合わせて」いくことを日々の稽古の中で行わなくてはならないと思われる。

防具の発達によって、その戦い方は進化しているのだろうか。
グローブや女子の場合の「胸ガード」によって、その打突のダメージは激減され、そのため打たれて削られる体力のことを考えなければ「胸と腹の的確な防御」の必要性は、希薄になり、結果、受けるよりも突いていく「相打ち」が主体となり、前傾姿勢で「押され負けない」体勢をつくり、押されそうになったら「回り込む」というスタイルが画一化してしまう。

そのため防具による減免を避けられる「部位」つまり「膝」や「下突き」が加味される試合も、多く見られるが、しかし、それだけである。
つまり、組手や技の画一化は、次の組手を想像しにくくする。
自分が、大人になったら、こんなカラテ(組手)が出来るんだ、やってみたいと思わせる「広がり」が、
残念ながら今の組手には希薄なのではないだろうか。
それも、中学生以上のクラスの道場生数の激減の理由の一つなのではないだろうかと、思わずにはいられない。確かに中学以上になれば、部活や勉学に多忙なのは分かる。
しかし、だからといって次を望みにくい現状の体質は、老婆心ながら私たち教える側が、日々猛省しなければならないことなのではないだろうか。

またグローブの均一化が、なされていなかったためか、打突そのものに優劣を生じさせてしまうことも間々観られたのは一考の余地があった。
革製のグローブのほうが、当たった時、布製スポンジ付きの「拳サポーター」より、はるかに「痛い」と感じるのは当然であり、年端もいかぬ子供たちには、少々酷だったともいえよう。
そして、そのために正しい握り方をせず、熊手のように掌で叩いている、または押している子供たちも多く観られた。
 ならば、いっそ「胸防具」をつけ、素手(拳)での打突のほうが良いのかもしれないとも感じられた。
そのほうが、誤ってヘルメットの上から顔面を殴打するのも、少しは避けられよう。
叩いたほうが、素手ならば痛い。
そして、しっかりと握らなければ勝負にならないという、カラテ本来の正しい拳と意識が生まれるのかもしれないが…。

 ちなみに少年部の試合・大会が行われた当初は、一般部のそれと同様に何もつけていなかった。
そして、それでも、大きな怪我を負うものが、いなかった事実もある。
無論、今となっては安全面での問題もあるが、それも下敷きにし再考しても良いのではないかと
思ったりもしている。

大変レベルの高い試合だったからこそ、これからを思考した時、何らかの考え方を試行錯誤していく事も、進取にとんだ「極真」である以上、私たちは考えていかなければならないと思っている。


 
by katsumi-okuda | 2009-12-09 01:32 | 評論