武道カラテ稽古日記

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2017年 05月 09日 ( 2 )

あともう少し

昨年、右腕骨折が取り敢えず完治した春先から、今度は、同じ右腕の肘に絶え間なく鈍痛が…

五十肩の再来かと何とか誤魔化していたが、やっぱり診てもらうことに…(他のシロモノだと困りますので)

診断は、簡潔に言うと使い過ぎでテニス肘に似た症状とのこと(テニスって…( ˙-˙ )
どちらにしても、右腕全体、あちこちの靭帯やら何やらが、緩んでたり壊れかけているとのこと。

ま確かにこの歳まで右腕には無理させてきましたから、無理もないかもと納得もしていますが…

でも、あと少し、もってもらいたい。

私生活にも、確かに影響は出ています。
満足に右腕が、上がらないこともままあります。

それでも、まだ少しとそんな弱い自分と向き合っております。
右腕が、ダメなら左手、それがダメなら脚…
そして、カラダとココロで対峙してこその武道と心得ておりますが、皆さんには真似されないようお伝え致します。
ただの自己満足ですので^_^

使い切ること。
それが、本望であり私の矜持。

これから雨模様の月日…
少し疎まれます。
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by katsumi-okuda | 2017-05-09 16:39

当たり前のこと

誰もが、当たり前のようにそれを実感し学ぶ。

「失敗や負けたことから学ぶこと」

物事の進化発展が、そうであるようにどんな些細なことでも、私達は、過去の失敗や不出来な事柄から、かけがえのないことの多くを学ぶ。

しかし、時として人は自身の失敗や無様な姿から目を背け、失敗をなかったことにしようとする。また、失敗することそのものから避けようとする

特に経験則の浅い今の子供達は、失敗して「恥をかく」ことを極端に嫌がる。
いつもゞ褒められて育ってきたせいなのか誰かが、庇ってきたせいなのか?

もとより人は、失敗や負けを本能として怖れる。
それらから打ち勝とうとすることに人たる所以があると言われる。

だがそれも、親や先に立つ大人たち、そして、様々な社会から励まされ教わることから学びとる。

失敗をそのままにしてしまっては、ただ自分の汚点そして後悔でしかない。
失敗しようとも「あきらめない」「続けること」で失敗は、大きなそして貴重な「経験」となる。

そのことを子供達に機会あるごとに学ばせなければならない。
失敗しても負けても、前を向いて元気にまた挑むことを教えてあげられること。
加えて言うなら私達大人も、常にその気持ちを体現して見せねばならない。

手本となる私達大人が、挫けてたりだらし無い姿を見せては、ならない。
たとえ、やせ我慢だったとしてもです^_^
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by katsumi-okuda | 2017-05-09 11:22