武道カラテ稽古日記

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思いをカタチにする

先週末、東日本大会の為静岡入りしていた。

土曜は型試合、日曜は組手試合と選手の皆さん、そして引率された御父兄や大会を運営された道場関係者の皆様、本当にご苦労様でした。

毎度、大会に審判やらでお手伝いをさせて頂くために出向いておりますが、それ以上に多くのことを感じ、そして「学ぶ」ことがあります。

審判は、冷静客観的な観点から勤めさせて頂いております。
ですが、時に選手たち(子供達も含め)の闘いそのものを観て感心すること考えさせられることが、本当に多くあります。
だから、指導員や先生達には、出来る限り審判として来られることを推している。
ただの観客では、知る事のできない多くのことを間近で観られるまたとない機会なのですから。

今回は、一般部で優勝した志優会の選手は、まだこの春高校を出たばかり。まして身長は170前後、体重56kg前後と痩身。
ただ、この選手、少年部から今まで幾度となく挫折を味わいながらも、ここまで辿り着いたと聞き及びます。多くの仲間たちが、進学する度に減っていく中、黙々と日々の稽古を重ね、何度となく試合に臨む…その焦燥感、寂寥感は如何許りか。

単に試合に勝ちたいから。
大きな相手に挑んでみたいからという純粋な思いを見事にカタチにした。
だが、言うは易し。
それにたどり着く為、日々の稽古、いや生活をどのように過ごしてきたのだろうか。

勝負は時の運も、確かにある。
そして、それを味方にするのもまた自身のそれまでの過ごし方ではないかと常に思う。

勉強を教えていても同じことが言える。
指導にあたり、確かに私達は「教えている」
しかし、やるのは生徒個人であり選手個人。

教えて学んだことをどう自身で「考え」活かしていけるか。
何よりも、そこが大事。

ただ単に教えられたことを実行していては、それ以上には、ならない。
そこから何を感じどのように考え実践していけるかは、本人次第。

そして、その考える最良の機会が、試合であり試験なのだ。勝つにせよ負けるにせよ、何がしかのことを感じるもの。

そこから一歩、では、どうしたらいいか日々の稽古に活かす試すことを忘れない。

人の進化とは、そういうものなのではないか。

成功するとは、最後の最後まで「諦めない」ことだと古今言われている名言。
そして何よりも、それが難しいと知った上で毎日を過ごす「淡々とした強い日常」が大事であると思わされた試合であった。

だから、出来る限り多くの道場生達や指導員達に多くの試合に関わってもらいたいとも、感じられた。
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by katsumi-okuda | 2017-04-19 15:31