武道カラテ稽古日記

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強いココロと諦めない思い

先日、7月としては猛暑日となった神奈川県大会。午前中は、山の中腹という立地の体育館は、それでもあまり風が入り込まない。
出場する選手達の体調が、今少し心配されたが、特に子供達は、皆元気に試合に臨んでいた。

結果としては、参加した子供達の中で上位まで食い込むことは叶わなかったが、得るものの多かった試合であったことは確か。

どんなに稽古しても、中々勝てないのが勝負事。

そして、負けてから始まるのが稽古。

どんなに優れたワザや体力があろうと「強いココロ」が、伴わなければ何にもならない。
そしてそれは、ふだんどれだけ、どのように過ごしたかで決まるものではないかと多くの試合をこうして間近で見ることで改めて思う。

一般部で出場したウチの選手。
仕事で稽古もままならいことも、言い訳にせず皆の良き手本となった。
決勝戦、身長体重そして年齢は、相手の方が若い。

試合がはじまると終始押され気味になり、
三度も顔面に蹴りを喰らう。
しかし、顔を流し返す刀で突きや蹴りを出していく。一般部の判定は、いくら顔面にもらっていようがタタラを踏まなければ技ありは、とられない。
善戦したが完敗であった。
終わってから「もらっても絶対倒れない」と思っていたと言う。
流石なのか何なのか…
良く私の道場の心意気を体現してくれたと我弟子ながら感心した。
(次の日曜、彼は何事もなかったかのように自分の指導する道場に向かった。痛めたはずの身体を受け入れて…)

強いココロとは、結局「自分の弱いココロを理解し向き合えること。それを受け入れた上で立ち向かえること」

加えて試合の最中でもまた日常でも、諦めないココロを体現せねばならない。
ふだん出来ないことを試合中出来るはずもない。
結局、どれだけ踏ん張れるか、諦めないかは、ふだんの過ごし方如何によると思う。

そして、それらを作り上げていくことの困難さを自らが知り立ち向かうことの大事さを特に子供達に知ってもらいたい。
試合とは、それらを体現発露する「一つの稽古」であり「試し合い」の場なのだから。

昔日、総裁に言われた。
「片手がダメでも、まだ片手も脚もある。両腕ダメでも脚がある。全部ダメになっても噛み付いてでも勝ちなさい!それくらいの気概がなけりゃダメだよ‼︎」
極論ではあるが、本当にそうだと実感してならない。

試合に負けたのは何らかの理由が、ある。
それをそのままにしていくのか、どうするのかで本当の稽古は、始まる。

ウチで試合や他の分野で活躍してる多くの元道場生がいる。
皆、その気概をもって様々な物事に当たっている。それを次につなぐこともまた道場としての大切な役割だと実感して他ならなかった。

「判定とは試合とは、審判つまり他者の評価により決するもの。そうである以上、圧倒的な優位で勝てる技量と体力を有する事。そしてそれらを100%体現出来る平静さと熱情を持つこと。」
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by katsumi-okuda | 2017-07-10 11:36