武道カラテ稽古日記

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真似ると学ぶ

特に少年部の男子に多い。
すぐに覚えることは出来るが、その後の反復練習を疎かにしがちであからさまに手を抜く。
他のこととと稽古の切り替えが、出来ない。
そんな子供たちに私は、容赦無く叱責する。

同じ様に、稽古始めの柔軟準備運動や基本で手を抜く者を私は、決して認めない。

物事の初手から手を抜く者や日々の単純な稽古鍛錬を疎かにする者に大成する者はいないことを断言して憚らない。

例えば、世の中に稀有な人材というものはある。
拳立ての少しも出来ない者が格闘技の世界で活躍している例もある。
しかし、これは稀有な例であり、その個人の資質によるところが大きい。よって、凡人の我々が、その稀有なやり方を「真似」たからといってどれだけの効果があるのだろうか?
いや、あるはずもない。

我々普通の者は、少なくとも日々の単純な稽古鍛錬を積むことに本義を見いださなければならない。
「天才の真似をしても天才には、なれないしならない。」

「真似る」とは、その語源が示す通り「学ぶ」に通ずる。
師を真似る。他者の良きところを真似、そのから自身に合うべきものを取捨選択し活かしていくこと、そのものが学ぶということではなかろうか。

特に若い道場生や子供達には、苦言になろうが、敢えて私は、そのことに厳しく言下におくこととする。この先、彼らが、物事を成し遂げていく為に必要なことを私たちの道場で学んで欲しいと願うばかりだ。
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by katsumi-okuda | 2016-10-02 07:43