武道カラテ稽古日記

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頭を使うこと

「型をやるには、まず何も考えずに出来るまでやること。それが出来るようになったら、今度は、色々と考えて、そして感じながらやること。出来るようになったからと言って、気を抜いたり疎かにするようではいけない。」

子供の頃に言われたことを今でも、稽古の不文律としております。
そして、それを特に子供達に伝えております。

子供達は、大体どんなことでも特に興味があれば大人の何倍ものはやさで物事を習得していきます。型の手順だけ覚えて無邪気に喜んでいるのは、微笑ましいですが、それで良しとしてはいけないことを絶えず言い伝えております。

簡単に出来てしまったことは、存外簡単に忘れたり惰性で流され、やってしまいがちです。

自転車に乗れるようになるまで、あんなに苦労したのに乗れるようになり楽しくなっていくと注意が、散漫になり転んで怪我をしてしまう、そんなことは普段の生活の中で沢山あるものです。

ですから、いつも私は言います。
「これは何もカラテだけに限ることではない。この頭と身体で全部やってるんだから、どんなことでも、いつでも、そうしなければならない。」

何も考えずに言われたまま、やってるようでは決して、進化も成果も出るものではない。

何も考えず稽古鍛錬してるものに大きな深化変化は、見られない。
ただ言われるがまま、目の前にある物事をこなすだけで本当の強さも巧さも、うまれるものではない。

だから上級者、そして指導に携わる者は、例えば組手の稽古の時、相手のことを考えてやることが第一。相手の巧さ強さを引き出してあげられる「相手に合わせた組手」が出来なくてはならない。しかし、だからと言って、ただ軽くダラダラやったり、突っ立てるだけの組手の相手(特に子供達や女性、壮年の方々に対し)になっては、ならない。

子供の早さに合わせて、こちらもそれ以上に動く。女性や壮年の方々の間や柔らかさに添う。

稽古で様々なことに対応出来ない者に大成した者は、いない。稽古で出来ないことが試合や実戦で出来るはずが、ない。

頭を使うとは、そういうこと。
上級者や指導に携わる者は四六時中そのことに腐心しなくてはならない。
それが、出来ない者は上級者でも指導者でもないと常に私は、言う。

加えて自らが、道場生の規範であるなら道場生のそれをいつでも凌駕していなければならない。
決して口先ばかりの者に成り下がってはならない。
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by katsumi-okuda | 2016-07-05 19:47