武道カラテ稽古日記

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一言申し述べたい

「…まただ」
この時期(選挙)になると、何がしかの会合や集まりの折、その話になることが、ままある。

大抵、分別と常識を心得ておられる方々ならば、あまり明らさまな話は、しないしならない。

無論、個人の主義主張は当然あって然るべきだし、侵すことのない権利だとは承知している。
しかし、それも「場と自身の立場」を鑑みて貰いたいと常に思う。

例えば、そんな政治的なことに何の関係もない会合や楽しい集まりの折に酔歌の果てなのか何なのか、唐突にそれこそ「議論」を吹っかけられることが、ある。
大抵は、笑ってごまかすが、どうにもならない時や腹に据えかねた時は、相手を論破する。

例えば、私達のような市井の「指導者」「教育者」は、人に何がしかのことを伝えることを生業としている。
その為に私達の言動は、少なからず「影響」があることを常に意識しなければならない。
時に私は「私塾の先生」であり、時に「地方の一道場主」そして「武道団体の関係者」である。

その私の何気無い、それも「本業に関係のない」言動が、多くを揺るがしたりすることを厳に慎み意識しなければならないと考えている。

例えば、本業の「武道」「カラテ」のことに関してなら私は、夜を徹してでも話す。その理由の一つは、その普及であり研究研鑽であるからに他ならない。武道を志した者の心得は、四六時中そのことに腐心し探求して止まぬことと考えて久しい。

確かに個人として世の中の様々な事を思うことは、当然ある。
しかし、それを発信していい「場と常識」はなければならないと常に意識している。こんな私の意見でも、少なからず影響があるとしたら…いや誤解されたり誇張され正しく自身の考えていることが、伝わらなかったとしたら…こんな嫌なことはないし私の思う武の道では到底ない。

どんな人たちでも、社会人であれば一定の「立場」を有する。例えば、学校の先生、お医者さん、会社員の方々、農家の皆さん…
そのどれもが、一人で成り立つものではなく他者との交わりや「団体」としての意思の元活動をしているはずである。その枠組みにいる限り、その中の「流れ」を完全に無視することは、出来ない。

なのに団体としての「私」を忘れ、個人として発言したいから発言する「たった一人の我儘」から団体全体が、まるで世間からそうであるかのように見られてしまう危うさを私たちは、忘れてはならない。私たちが、まだ「若手」ならそれも許されよう。しかし、立場ある年代になったら、そうもいかない事を考えて然るべきではなかろうか。

あまり特に政治的なことは、述べたくはない。
何故なら、ここは私の武道、そして稽古鍛錬の日常や考えを書き留めるところだから。

歳のせいもあるが、そのような臭いのある「人達」が、いる所は、今後立ち寄らないし出向かない事を宣する。たとえ、それが重要な宴であろうが何であろうがである。
折角、楽しい集まりなのに、そして私を呼んでくれた主催者に申し訳がない…何故なら、私は、そんな方々が、正直疎ましく言動に出てしまう為に。
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by katsumi-okuda | 2016-07-03 07:05