2012年 11月 20日
新しき「真」の道へ
それぞれのHP上でご存知の皆様も、おられることかと思いますが、改めて記させて頂きます。
私共、極真カラテ武颯会は今月末より「世界総極真」代表長谷川一幸最高師範、副代表大石代悟最高師範;の一員として活動させて頂く事となりました。以前より活動しております「大会協力委員会」はそのままという形をとります。 詳しくは、12月中に「世界総極真」のHPが立ち上がりますので、そちらをご覧下さい。 ここまでの経緯に関しては、関係者の皆様のHP上に上がっておりますので割愛させて頂きます。 ただ私は、今回の「新団体」立ち上げに関し、感慨深くも年甲斐もなく沸き立つ想いを隠せないでおります。創始者亡き後、本当に紆余曲折あり、一時は「この極真の世界から遠ざかり一市井の空手・武道家として全うしよう」と考え、自らの団体を立ち上げました。 その時「先生が、極真名乗らなかったら誰が名乗るんですか」と叱咤激励してくれたのが、盟友でもある福島の門馬師範始め多くの方々でした。 その声に押されるように、そして当時からこのような私を支えてくれた多くの道場生と関係者の皆さんには、いまさらながら感謝し尽くしてもしきれない思いで一杯でおります。 どうにもならない現状を幾度も憂いながら久しぶりに顔を会わせれば熱く「極真」そして「カラテ」「武道」を語らう門馬師範とどれだけこのような日を待ちわびたか知れません。 言葉は悪いですが、最悪な過程から最良・最高の結果が今回得られたものだと思っております。 もう二十年近く前になるでしょうか。 福島で開催された福島県大会…そこで私は審判を務めておりました。 当時の師範や審判達とは席を離れ一人試合場をじっと見ていた…と門馬師範は語っておられ、その様子が何故か奇異にそして違う者のように感じられたとのことでした。 すでにその当時から私は、いくつもの案件を師範達に上申していたのですが、そのいずれも不問にされ、この先どうしていくべきか自問していたころでした。 それから前後して福島と千葉両県による合同合宿を経て門馬師範と知り合う事となりました。 当時、三十代ともなれば実質上稽古はやらず指導に専念する風潮がありましたが、私はそれを良しとする考えもなく、自身のカラテそして武道を模索し選手同様の稽古をしておりました。 上の者からは、相当疎まれただの変わり者扱いされる日々。 それでも、稽古出来る自分がいる以上、それを止める理由もないと確信しておりましたし、そんな外野の声など意にしない体で「キツい稽古」をその合宿でも敢行しておりました。 「これが、極真の稽古そして武道の稽古」 それについてこれるなら、ついてきて下さい。 ついてこれる方なら何方でもお教えします…今から考えると相当不遜な態度だったかもしれません。 ですが、それに呼応されたのが、当時の門馬師範でした。 正直、嬉しかったのを覚えています。その熱心さは千葉まで「昇段審査の代わりに二十人組手をやらせて下さい」と言い、来られたことには驚き感心致した事を今でも鮮明に覚えています。 当時のことは…今では語りぐさですが…。 相当「キツい一日」を過ごしてもらうこととなりました。 単に連続組手だけが出来ればいいというものではない、人の上に立ちどう振る舞っていけるか、どうふだんの稽古がなされているか、そのすべてが、試される、それが私たち「黒帯」の意味そして「昇段」の意義だと私は、確信し自身にも、そして弟子にも課して参りました。 その意味で「真夏の連続稽古」は組手よりも、尋常ではなく「過酷」だったことだと思っております。同じ志を持つ者としてそれを私は、何より観たかったのかもしれません。 そして、それを見事完遂された門馬師範は、その後さまざまな武道探究のため多くの労苦を惜しまずやってこられたことは皆の知るところです。 当時から今も私は、ある意味で変わりはありません。 いつまでも自身の稽古が、まず第一にあります。 それなくして道場生に言う言葉は、ないと考えております。 たとえ、最良のモノがあろうと、それに見合う「中身」がなければ始まらないと思っています。 そして、そんな考えに呼応してくれる「道場生」や「盟友」がいる今を私は大変有り難くも貴いものだと実感しております。それに恥じる事なく、今私のやるべきことを一つ々成し遂げていきたいと切望して止みません。 その後も、いくつかの道行きの違いはありましたが、後に石神井公園の鈴木先生そして神奈川の釘嶋師範と結束し私たちは「大会協力委員会」を立ち上げるにいたりました。 私たちの中では一番歳若い(!?)鈴木先生は好漢を絵に描いたような方、そして釘嶋師範はその実直さと親しみ易すさは何ものにも代え難い方…それぞれに社会経験が豊富で何より信頼出来る方々です。 そして、門馬師範の交流の中から後に静岡の大石最高師範と愛知の長谷川最高師範とお会いし交流させて頂く事となりました。 大石最高師範とは、総本部時代の「先輩・後輩」となりますが、当時はそれこそ畏怖の対象そのもので声をかける事も憚られ、ただ単純に憧れの先輩のお一人だったことと当時の思い出に懐かしくも温かくお声をかけて頂きました。 長谷川最高師範とは、直接ご指導は当時受けておりませんでしたが、師範が選手時代、私は大会運営でその組手の凄さを目の当たりにした「生き証人」として話が弾み、また旧知の諸先生や関係者の事等からも、大変親しくさせて頂く事となりました。(あ…私と長谷川最高師範は、今でも喫煙していますので、それも親しくさせて頂く要かと勝手に解釈しています) そんな素晴らしい偉大な諸先輩方が、今回蔑ろにされるようなことがあったのです。 一言では申せませんが、私からすれば「とんでもないこと」です。 無論、こちらに一切の非がある訳ではないのにです。 さまざまな経緯があり、前団体を脱退され、お二人は今回新しい「団体」を立ち上げられた。 そして、門馬師範始め私たちにも、声をかけて下さった。 願ってもないことでした。 未来ある道場生のため、そしてこれからの「極真」のため私は、私に出来る最善を尽くす所存です。 ここに集う師範そして主だった諸先生方とは、すでに九月に行われた福島県大会でお会いしております。その人格・人望も承知しております。 実際に指導に携わり真摯に生徒・道場生のことを一心に思う方々と努められる。 こんなに素晴らしい事はないと思っています。 ですが、この団体をより以上に素晴らしいものとするには、これからだとも思っています。 まずは、来年、この新しい団体の一つの「大会」として私共の「大会」があります。 まずは、それに向け誠心誠意尽くしていかなければならないと思っています。 新しい道とは、決して平坦ではないと勤めなければならない。 今まで以上に自身の稽古に磨きをかけ、偉大な先輩たちに一歩でも近づけるよう、そして、創始者の思いに少しでも報いる事の出来るよう私は、これから新たな気概をこめ道着に袖を通したいと願うばかりです。 願わくば、まだ見ぬ多くの方々にこの「カラテ」を広められればと切に思っております。
by katsumi-okuda
| 2012-11-20 01:47
| 団体のお知らせ
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プロフィール
武道歴四十余年。主たる武道極真カラテ。昭和の名人・達人に薫陶を受け現在、私塾教育経験を活かし新たな指導法を展開。自らも日々稽古を続け、理論と実践の合一を目指しています。
道場指導以外にもスポーツクラブでのカラテ普及に努め、今まで空手に縁のない人たちに空手や武道の良さを知ってもらっています。 カテゴリ
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