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武道カラテ稽古日記

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いつまで…否

 土曜の出稽古で鈴木先生の所へお邪魔しましたが、そこでも私たちと同年の方々が、頑張っていらっしゃいました。
そして、やはり、同じような考えにとらわれておられるようでした。
「この歳になると…いつまで続けられるのか」
これは、私たちだけでなく、すべに手向けられたテーマでもあります。

これが、絶対という答えはないかもしれませんが、私はいくつかの事象から
「いつまでではなく、いつまでも」だと思うに至っています。
適度な運動と栄養、そして休息によって健康は保てる、否強化出来ると言われています。
まして、私たちの年代、例えば50年前の五十代に比べ圧倒的に若い(当時の三十代という説もあります)
…少なくとも私は、そう信じています。
私たちの世界だけではなく、ご高齢の諸先輩がさまざまな分野で活躍されているその事実。

私たちの武道の世界…柔剣道の先生方はご高齢でも、強くそして上手い方が多い。
翻って私たちの世界では、どうか…。
まだ、確かに誰も試してはいない。
そして、その先の事に未だ技術も、そして稽古体系や理論が未整備であることに気づく。

私も三十路を超え四十を迎えようとしたとき、ふと思い当たり立ち止まった。
道場で口だけで指導していくだけなら、いくつになっても出来る。
道場内で「実戦なら、喧嘩なら選手に遅れを取らない」等と訳の分からぬことを言い出すのが、自意識として性に合わず嫌で堪らなかった。
「いつまでも選手達と少なくとも胸を遇わせる事が出来ないものか」
「勝てないまでも、普通に稽古をしてきた五十代が、負けぬ組手が出来ないものか」

…そんなことに思い当たり、もう十数年以上たった。
そして、その都度、自分の心身を試しとして実践してきた。
その結果、やり方は千差万別あるかもしれないが、出来る事を今、確信している。
但し、私のようにやれとは、言えない。
私自身が、特殊な環境、状況下で培った心身を元とした鍛錬形態は、万人にはあまり進められない。
ただ、それらから導き出した指導・稽古体系は、成り立ちつつある。

少なくとも私の道場の「年配者」は、全員「強く」そして「上手い」
確かに厳しい稽古と鍛錬によって培われていることは事実であるが、誰もが出来る出来た一つの証であることは事実である。
そして、それらをより体系化していくことが、私たちの「団体」の一つの独自性になると信じている。

そして、これからは「誰もが出来る」を拡大し「武道としていつまでも出来る」ものを提供していける団体になっていかなければならないと思っている。
確かに今、どこの道場を見ても少年部が多い。
そして、そのことを見据えた団体が今から三十年前あっただろうか。
そして、これから中高年が圧倒的に増えていく社会にあって、そのことを考えている団体があるだろうか。基本や型だけでお茶を濁す事無く、真に健康と実戦を融合してこその武道ではないだろうか。

そのためには、確かに「節制」は必須ではある。
いつまでも、と思うならば、それなりの代償と覚悟は必要だと心得なければならない。
キツい文言だが、致し方ない。
楽をして得られるものなど所詮紛い物であり、そんなにどの世界も甘くはあるまい。

いつまでも若々しく格好のいい服を着てみたい…と思うなら男女ともそれなりの苦労はするはず。
私たちは、いつまでも強く上手くあろうとするならば…それなりの覚悟は必須。
ただ、それだけのことだと思う。

確かに「老い」は確実に誰の頭にもやってくる。
それを如何に楽しみ、それ相応に使いこなしていくか。
力や速さは、当然衰えていく。
ただ、その分「技」や「意」は強くなる。
それらを平に評価し、自分なりの「組手」そして「カラテ」を目指す。

ともかく…諦め悪く、いつまでも続けていくことが一つの秘訣かもしれない。
やっている限り、筋量も増え続けます。
それが、落ちていく体力を底支えしてくれています。
そのことに確信をもって、今日も昨日より鍛錬に熱を入れるのです。

そして、「そうなると思ったら、成る」と信じて紛うことなく進むことです。
迷っていたら、日が暮れて、また年を取ってしまいます。
迷う暇も、ありますまい。
決めたらやるだけです…何事も(^^)
by katsumi-okuda | 2011-09-06 00:58