武道カラテ稽古日記

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邂逅…あの時の「手合わせ」

「オイ、大丈夫か!?」
上から覗き込まれている。
にこやかな顔が、見える…。
一瞬、気を失ったのか!?
「…押忍…大丈夫です。」
本当は、全然大丈夫なんかじゃない。
出来る事なら、このままでいたいくらいだ。
でも、そんなこと出来るはず無い。
だって…この「覗き込んでいる人」は…。

T大に在学中、協会の最高師範である中山先生に懇意にして頂き、何かと雑用をやらせてもらっていた。その日も、空手の体育授業の出欠等の整理をし、その報告をしに教務室に出向いた。

扉を開けると先生は、来客の方と歓談中…
いつものことだと少し待とうと脇で様子を見ていた。
窓の外は秋の優しげで寂しげな午後の日差し。
遠くから午後の部活の連中の声が聞こえてくる。
そんな何となく甘い感傷に柄にも無く囚われていたその時…。
ふいにその「来客」から声をかけられた。

「君は、大山君のところの門下生かね」
首をぐいとこちらに廻した座っていてもわかるくらい小柄で華奢な老人だ。
その「老人」は、思いのほか快活に何の遠慮もなく、それこそ唐突に尋ねてきた。
少し戸惑い、少し憮然とした表情だったと思う。
「押忍、そうです。」
「そうかい。じゃあ、ちょっと手伝ってもらってもいいかなぁ。なぁ中山さん」
「いいですよ。…」と何やらありそうな笑みを浮かべながら中山先生…。
私の良い悪いは、一切関係ないんだ。
しかし、何の手伝いだ!?荷物運びか何かか!?
そのとき、本当にそう思った。

「じゃあ、道着に着替えて道場で待っててくれ」
「お、押忍」
先生に言われ、少しどぎまぎした。
どうやら何かの演武か何かをこの「老人」にお見せするのか!?
いつもなら協会の先輩たちや空手部の部員を使うはずだが…。
何故、私なんだ。
まぁいい、与えられた通りにやれば…。
などと、安直に考えながら一人、道場へ向かった。

まだ、空手部の使用には間がある。
そのせいで私なのか…そんなことを考えながら少し柔軟をしていた。
話し声が聞こえてきた。
立ち上がり、直立で出迎える。

道場の正面に先生とその「老人」が、それこそすっと入ってこられた。
驚いた事にその「老人」は、道着に着替えていた。
それも「合気道」のそれである。
その立ち姿と眼光の鋭さ…写真でしか見た事なかったあの「人」だ。
合気道養神館館長「塩田剛三」…。

何でだ!??
さっき教務室で見た時何故、気がつかなかったんだろう。
背広姿で眼鏡をかけていたからか。
いや、雰囲気が、まるで違うからだ。
二十歳の若造の私でも、それくらいは分かる。

にこやかに中山先生と談笑しているのに、時折こちらを見据える「眼」のなんて「嫌なこと」…
そんな「眼」は、そうあるものじゃない。
総裁もそうだ。中山先生も時としてそうなる。
しかし「この人」のそれは、何かが違う。
何となく…本当に何となくだが…

「この人とは、やりたくない。もし、本気でいったら何されるかわからない」
いやな雰囲気を纏っている。
合気道なんて踊りだなんて言う奴がいる。
その時まで自分も、そう思っていた一人だ。
少なくとも実戦ではありえないと…。
…だが、この人は、この人だけは、そうじゃない。
ありえないことだが、身体中が、ぞわぞわする。
これが、ひょっとして「気」なのか…。

「じゃあ、ちょっとやろうか」
後で伺った話しだが、中山先生は当時から親交のあった塩田先生と武道の研究を相互になされていたとのことで、この日も技術的な歓談をしていたらしかった。
そんな中、実際にやってみて確かめてみようということになった。
しかし、生憎、適当な「人」が、見当たらない。
ふと見ると「生きのいいのがいる」「まして大山君の門下生だ。丁度いい」ということになり私が「お手伝い」をすることとなった。

「いい経験になるから思いっきりいきなさい。」
と中山先生…しかし、その表情が、やけに真剣…。
真剣にいかなきゃ、壊される…ふと本気で感じた。

「はは、そんなに緊張しなさんな。」
「じゃぁ、最初は形通りからいくか…」
「君の好きな攻撃をしてきてくれるか」
そう一気に畳み込まれ、有無も言わさぬ「厳しさ」が…。

「押忍…」
塩田先生との距離…大体2mくらい…
怖いという思いと、どんなことが待っているのかという凄い好奇心が綯い交ぜになる。
左手を前に出し右手を拳にし顔近くにもっていく。
少し腰を落とし、じりと寄る。
先生は、動かない。
じっとしている…こちらを見ているようで見ていない。
そんな感じがする。
さっきまでの「嫌な感じ」が消えてる。
まるで「映像」を見ているようだ。

ふと先生が、前に出る風を見せた。
考えもせず、いきなり右上段回し蹴りを放った。
相手につられた。

するとまるで少し早い散歩のように私に近づいてくる。
回し蹴りが、当たる…いや、その中心にいない!?
何だ!!

先生の顔が間近にあった。
と同時に、どうなったかわからない。
凄い勢いで吹っ飛ばされた。
天と地がそれこそ、一気にひっくり返された。

…本能的なのか何なのか、首をすくめた。
それだけは覚えている…。


立ち上がると見事に酩酊している。
パンチを顎や頭部に受けた時に似ている。
真っ直ぐ立っていられない。
しかし、意地で立とうとしているが…間々ならない。

「大丈夫そうだな。じゃあ、もう一丁来なさい」

それからカレコレ一時間程、所狭しとぶん投げられ、そして固められた。
何をやっても、当たらない。
行こうと思う刹那、合わせられ、吹っ飛ばされるの繰り返し…。
途中から相手が先生という事も、忘れ「この野郎」という気持ちだけ…。
…しかし、当たらない。
最後の方は、それこそ指一本で飛ばされる始末。
…襤褸雑巾とは、よく言ったものだ。
将に「それ」だ。

「流石に大山君のところの門下生だ。大したもんだ。よく持ったな!!」
最後に立ち上がった時、そう声をかけて頂いたのを遠くで覚えている。
「…押忍…」と返事をしたのかどうかさえ、今となってはわからない。

今にして思い出す「貴重な」体験であり、それが私の目指す武道の一つの光明ともなった。
総裁や柔道の木村先生らの「力と技の武道」
中山先生の「徹底した技の世界」
そして、それらを「冷徹なまでに削ぎ上げた塩田先生の境界」
それを奇しくも、そして有り難くも体験した私は、それを希求せずにはいられない。

ふとあの日の陽光を思い出す。
先生たちを道場からお送りし、しばし道場で倒れ大の字になっていた。
汗だらけの顔と痣だらけの身体に、それはいつもと変わらず降り注いでいた。

…とても、いい気持ちだった。
でも、なんで俺だったんだ…。
いつも、何かこんなことに付き合わされてる気がする…まぁいいか…
少し得な気がした。
そして、とても嬉しかった。
by katsumi-okuda | 2011-06-30 01:16 | 読物・語り部